親魔物国 マルクト
「三番テーブル!牛肉の串焼きはいりまーす!!」
「あいよぉ!」
若さを感じさせる青年の声と返される野太い男の声。
「二番テーブルのお客さんに水もってっておやり!」
よく通る、女性の声。
「はいっ!」
その声に青年は答え、水の入ったグラスを二つ運んでいく。
「ようこそ!お食事処、ハンカチーフへ!」
黒髪黒目の青年は―というか、オレこと黒崎ゆうたは、元気良くお客に向かって挨拶をした。
この世界に来たのは3ヶ月もまえのことだ。
わけもわからぬ荒野にオレは投げ出されていた。
踏み切りで包まれたあの光…。
あれが何なのかもわからずに、気がつけばオレは見知らぬ土地にいた。
ともに光に包まれた自転車も、背負っていたカバンもない。
服装はあのときのままで上下ともに黒い学生服。
とりあえずどこか、誰かに助けてもらったほうがよさそうだと考えたオレは歩き出した。
しかし、見知らぬ土地。
どちらに街や人がいるのかなんてわかるわけもなく……。
一日中歩き続けて力尽きた。
体は疲労で鉛のように重く、腹は何も入っておらず空腹で、
まさしくオレは絶体絶命だった。
死ぬ覚悟さえしたオレは気がつけば揺られる馬車の中に寝かされていた。
死にかけの、のたれ死に一歩手前のオレを救ってくれたのは、オレが今働いている食事処の主人とその奥さん。
赤い髭と同じ色をした髪の大男レグル・ド・レッドさんと大きな瞳が印象的な女性キャンディ。フルールさんだった。
二人は隣町まで料理の材料を買いに行って、その帰り道だったらしい。
荒野のど真ん中で倒れていたオレを見つけてくれた。
そのおかげで、今、オレは生きている。
二人には何度感謝してもし足りないくらいだ。
さらに嬉しいことは、行く当てもないオレに二人が住む場所を提供してくれた。
食事処ハンカチーフの屋根裏部屋。
二人は二階に夫婦の部屋があるらしく屋根裏は何も使用しないんだってさ。
さらには一日三食の食事までを与えてくれた。
いきなりこんな世界に来て、右も左もわからないオレはここまで優しくされて恥ずかしながらないてしまった。
どんな世界にも心の温かい人はいるんだね…。
そんなことを感じながらオレは今この世界で生活をしている。
ここ三ヶ月で二人から様々なことを教わった。
この世界には人間以外の種族、魔物達がいるということ。
その魔物達が人に近い形をしていて、しかも女性ばかりだということ。
魔物って行ったらやっぱりあれだろ、なんか大きくて緑色の、口から火を吐いたりするゴ○ラみたいなやつ……。
…ってそれは怪獣か。
まぁともかくそんな世界でオレは暮らしているんだ。
見慣れぬ姿ばかりで、一見コスプレイヤーかと思ったときもあったがどの人たちも心優しくて…。
オレの不安は知らないうちに消えていった…。
レグルさん夫婦は人間の夫婦だ。街中をさがせば人間の夫婦が少ないこんな街では二人は珍しいらしい。
そして、その二人に助けられ、住まわせてもらっているオレもまた、珍しいものだった。
別世界から来たなんて、普通人に言えば笑われるだろう。
原因もわからないオレはそれでも二人にそのことを話した。
ここまで良くしてもらっているのに隠し事をしたくはない。
オレなりのけじめだった。
「そうか…」
レグルさんは、つぶやくようにそう言った。
キャンディさんは悲しそうな目でオレを見ていた。
「よしわかった!」
大きな声を出してレグルさんは言った。
「ユータ!お前は俺たちの子供になれ!」
一瞬、耳を疑った。
願ってもない一言だったのでその言葉の意味を理解するのに少々時間がかかってしまった。
「いいん…ですか?」
恐る恐る、レグルさんに聞く。
「おうよ!行く場所も、帰る場所もないんだろう!?だったら俺たちの子供になれよ!なーに心配するな!俺たちは迷惑には思わんし、むしろ子供のいない俺達にとっちゃうれしいことだ!!」
レグルさんの隣にいたキャンディさんを見る。
キャンディさんはういんうんと、頷いていた。
「そうしなさいよ。あなたがその世界に帰れるまで、せめてここで、私たちの子供として、住んでいいからいなさいよ。」
「そうだぞユータ!むしろずっといてもかなわんがな!!」
あの言葉を生涯忘れることはないだろう。
あの言葉はオレの胸の奥深くに食い込んでいた不安を打ち消してくれた。
あの時以来、オレはこの食事処ハンカチーフでお世話になっている。
一宿一飯の恩義ということで店の手伝いを率先してやらせてもらっている。
二人に恩を返したい。
返そうと思ってもそう楽には返せないものだけど…
それでもオレは二人の役に立てるようにがんばりたいんだ…
カランコロンッ
ドアにつけられている鈴が軽い音を響かせた。
「いらっしゃいませ!食事処ハンカチーフによう
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