「何で…こんなところに来てるの?」
師匠が言った。
空手の道場の中央に立って。
とても恨めしく、嫌嫌しく、正座しているオレに向かって。
「よくもまぁ君自身を殺しかけた師のところへ来ようと思ったね?君はあれかい?自殺志願者なのかい?」
睨み付けてくる師匠。
その顔はいつものようなニコニコした表情からは程遠い。
師匠らしくない顔だった。
「君はなんなの?自分は君を殺しかけたって言うのに…警察にも連絡しないでさ…。本当に何がしたいのかよくわからないよね。君はそうだ。そうなんだよ!」
怒鳴り声。
それは初めて見た師匠の激怒した姿。
「空手を習い始めてから君はよくわからない子だと思っていたけど本当にそうだったよ!気が弱そうでへらへらしてて!自分より年下の子にさえ異常なほど腰を低くして接して!単純な子だと思えば気が利いて!鈍臭いと思えば敏感で!それで今度は自分の番?師である自分にそんな態度をとってどうするのさっ!?」
オレは何も言わない。
正座したまま動かない。
「こんな異常な症状を持った自分へ優しく接して優越感にでも浸りたいの!?わざわざまた殺されるかもしれない危険があるのに!?他の子達は次々と自分の下を出て行っちゃったのにさ!?」
今この空手道場にはオレと師匠の二人だけ。
オレを殺しかけた、そんな師匠が居るところで安全に空手を習えるわけがないということで皆次々にやめていった。
もう二度と戻っては来ないだろう。
師匠は続ける。
さっきみたいに怒鳴り散らすような言い方ではなく、静かに言う。
「出てってくれないかな…。」
呟くように言った。
「破門、してあげるからさ…。もう二度と自分に近づかないでくれるかな…。」
それは師匠がオレを想っていった言葉だということは理解できていた。
その静かな発言がオレの身を案じていると悟れた。
だがそれは同時に師匠自身が孤独になることもわかっていた。
だからオレは言ったんだ。
師匠に向かって、その言葉を。
師匠のその症状を受け止めるって、誓う言葉を…。
それは暴走していたときに見せたあのスピードとはとても比べられないほどゆっくりとした動きだった。
ゆっくりと体を倒してくる彼女。
倒れるように身を寄せてくるドラゴン。
体を委ねるかのようにしてオレの腕の中へと入っていく女性。
オレは何も言わずに抱きとめた。
肌から伝わる温かな体温。
腕から伝わる女性らしい柔らかさ。
漂う甘い香り。
そこからはファンタジーに出てくる恐ろしきドラゴンの姿はなかった。
あるのはただ一人淋しさの中に居た女性。
オレよりもずっと強いのにオレよりも弱く感じられる。
オレよりも背が高いのにオレよりも小さく感じられる。
彼女は泣いた。
オレの胸に顔を押し付けて。
涙を流して、嗚咽を漏らして。
今までの孤独に泣いたのか。
自分がしてきた殺戮行為に泣いたのか。
それともオレが彼女を受け止めたことに対して泣いたのか、わからない。
ただ、涙した。
鋭い爪はYシャツを強く握って、離れないように。
オレを確かめるようにして。
「うぅっ…ああぁ………あぁぁぁぁああぁぁぁぁあ………っ」
弱弱しく泣いた。
オレは彼女の後頭部に手を回し、そっと撫でる。
一瞬ビクッと彼女の肩が強張るがそのまま撫で続けた。
徐々に収まる肩の震え。
小さくなっていく嗚咽。
それでも彼女はオレのYシャツから手を離そうとはしなかった。
むしろもっと身を寄せるようにくっついてくる。
その行為に少し安心する。
嫌がっている様子はない。
むしろ受け入れてくれている。
空いている片方の手を彼女の背に回して優しく抱きしめた。
月明かりに照らされた二人の影。
雲は無く、星が輝く空の下。
草が生い茂るその上でオレはかすかな違和感を感じた。
肌から伝わる彼女の体温が異常に高い。
炎を吹くような存在なんだ、その体温の高さにも納得できるだろうけど…それにしては異常。
さっき運んできたときよりも、高い。
まるで興奮でもしているかのように。
…?どうしたんだ?
風邪でもひいたのか?ドラゴンともあろう存在が?
意外と繊細だったりするのか?
あ、いや、でもさっきまで激しい運動で体を動かしていたんだ。
体が興奮状態になるのも頷ける。
頷けるはずだった。
彼女に押し倒されるまでは。
「え?」
優しい力でゆっくりと倒されるオレの体。
下は草の生い茂る地面。
受身を取らなくともたいした怪我は負わないだろう。
それでも彼女はオレの体を気に掛けてか、折れたアバラを気遣うようにして地面に倒した。
柔らかな草の感触と、抱きつかれた彼女の体温がともに心地よい。
心地よいんだけど…なんでオレは押し倒された?
わけがわからずにいると彼女はオレの胸から顔を離した。
離して、オレの顔のすぐ前に移動する。
本当に綺麗な顔だ。
そこらのアイド
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