オレは何度か殺されかけたことがある。
冗談じゃなく、本当に。
その一番最初はあの日。
忘れもしないあの夜。
師匠からようやく黒帯をもらい、初段へとなったあの日の夜。
オレはもらった黒帯を腰に締め意気揚々として帰り道を歩いていた。
だが、初段になれたことによる嬉しさから今まで締めていた帯のほうを道場に忘れてしまっていた。
それに気づきすぐさま道を引き返す。
そして道場に着いた。
師匠の下には数十人の門下生がいる。
その門下生は全員がすでに帰宅しているようだったが道場にはまだ明かりが灯っていた。
師匠がまだいる。
そう思い道場の扉を開けたオレの目に飛び込んできたのは師匠の姿。
オレに背を向けて正座する師匠の後姿だった。
どことなく体を震わせて。
「師匠…?」そう呼ぼうとしたがその姿に躊躇い、声が出なかった。
だが物音を立ててしまい、師匠はオレのほうを振り向いた。
体を捻って、こちらを見た。
師匠の顔がオレの瞳に映る。
それは一生かけても忘れられそうにない。
普段ニコニコしている師匠からは想像できそうもないほどのものを感じさせられる表情。
それは恐怖。
今に思えば初めて心の底からの恐怖を、死の予感を感じたときだった。
そこからはよく覚えていない。
師匠の拳がオレの体にめり込む感覚と、何かが折れるような小気味良い音が体内に響いたのは覚えている。
異常なほど重かった自分の体。
異質なほどに感じられた死の気配。
それと師匠の顔。
恐怖を感じさせられてたあの顔からは雫が垂れていたのをよく覚えている。
師匠は泣いていた。
泣いてオレを殺そうとした。
それを今でも昨日のように思い出せる。
そこからはオレは必死に動いた。
激痛の走る体で近くにあった花瓶を引っつかんで師匠の頭にぶつけて。
そうして師匠をなんとか気絶させて。
オレは何とか事なきを得た。
「…はっ。」
嫌なものを思い出した。
あの何度も死の淵に立たされる感覚を。
十八歳になるまでに体験するようなことじゃないことを。
あの時の怪我はひどかった。
全治三ヶ月なんてドラマとかだけの話だと思っていたがまさか自分が経験するとは…。
あれは嫌な体験だったな。
入院生活面白くもないし。
専属ナースは…その…………だったし。
そして何より師匠のあの表情。
二度と思い出したくもないな。
それを…今目の前で彼女がしている。
その表情を浮かべている。
本当に嫌なもんだ。
見ているだけで悲しくなるその表情が。
本当に嫌だ。
だから…。
「来いよ…!」
師匠と同じように。
そのとてつもない殺戮衝動を受け止める!
一瞬の気の迷いが大惨事へ。
一瞬の判断が大怪我へ繋がる。
最悪、死。
それでも…やってやる。
死と隣り合わせの感覚はいまだに怖いが、もう何度も経験してきた…!
「……ぁあっ!!」
先に動いたのは彼女のほうだった。
大きな翼を広げてオレへと飛んで向かってくる。
とてつもない速度でオレへ突っ込んでくる。
例えるなら高速道路で対向車が向かってくるようなとてつもないスピードを感じるあの感覚。
一直線にオレへ飛んでくる死の予感。
一瞬でオレと彼女の距離は埋められた。
振るわれる鱗の生えた腕。
命を刈り取ろうとする爪。
だがその動きはあまりにも直線。
本能に任せたままの動きはあまりにも単調。
故によく見ていれば避けられる動きだった。
オレはすぐさましゃがみ込み、その脅威を回避。
そしてすぐさま攻撃へと移る!
「らぁ!!」
足に力を込めて弾けたように飛び出す。
拳を引き、勢いを活かして彼女の腹へと打ち込んだ!
鳩尾へ一撃。
一瞬彼女の動きが止まる。
「そこだぁ!」
止まった体、止まる腕。
彼女の鱗の生えた右腕を引っつかみ、肘の部分へとさらに一撃打ち込む。
関節破壊の攻撃。
人ではない部位に、人には生えない鱗の上から肘の関節を砕く!が!
「っ!!?」
砕けなかった。
拳から伝わるのはまるで鋼を殴ったかのような感覚。
鈍い痛みが拳を伝わった。
拳が砕けたと錯覚してしまうほどの痛み。
硬いなんてもんじゃない、異常なほどに硬すぎる…!
こんなに硬いんじゃ拳による殴撃は大してダメージにはならないか。
それじゃあオレの大半の技が通用しないじゃん…。
…マジかよ。
すぐさまその場を飛び退き彼女と距離をとる。
距離をとって、彼女を見据える。
これは本当にまずいな…。
あの症状を止めるには戦闘不能にするか、はたまたその殺戮衝動が尽きるまで付き合い続けるか、それとも意識を絶つか。
一種のストレスからなる症状なんだ。長く運動していればそのストレスだって解消できる。
ただ…殺戮までいくストレスなのだから一時間や二時間じゃ収まるものじゃない。
半日以上。3日以内とでもいうほどの長さだ。
そこまで付き合った経験はさすがにないし、そんな
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