それに気づいたのはこの洞窟内にオレこと黒崎ゆうたが来て、歩き始めて数十分たったころだった。
それは物音。
耳を澄ませばこの暗い洞窟内にわずかに響く音が聞こえる。
どんな音かはまだよくわからない。
それが声だとわかったのはその一分後。
悲しさを感じさせる声。
すすり泣くようなそんな声だった。
それが男性のものか女性のものかわかったのはその三十秒後。
男性にしては高い、おそらく女性の声。
女性のすすり泣く声が洞窟の奥から聞こえる。
こんな暗い洞窟内でなんで女性が泣くんだよ…?
そんな考えとともにオレは足を速めた。
歩く速度から早歩きへ。
徐々に近くなるすすり泣き。
悲しみに溢れたその声。
いつの間にかオレは駆け出していて地面を強く蹴っていた。
この先。それももうすぐ。
すぐそこから声は響いてくる…!
暗いはずの洞窟の奥から光が見えた。
きっとあそこにいる!
足を最大まで動かして速度を上げ、腕を振り闇の中を駆け抜ける。
そして、走り抜けるようにしてオレはその光の中へと身を投じた。
そこは今までいた暗闇とは違う明るいところだった。
開けた空間。明るい光。
だが物らしいものは何一つない部屋。
ドーム状でありオレの学校の体育館と同じくらいの大きさだろう。
だが、自然にできた洞窟には思えない。あまりにも壁が綺麗だ。
それに燃えている松明まで立てかけてある。
洞窟内というのに明るかったのはそのせいか。
きっとこの部屋は人工的に作られて物だろう。
鉱石でも掘っていたのか…?
この洞窟へ初めて訪れるも何も、急にこんなところへ飛ばされたオレにはこの洞窟を作った理由はわかる分けがなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
部屋の中央より少し奥のところ。
そこに一人の女性が蹲っていた。
こちらに薄い紫…アジサイに似た綺麗な色の髪の毛をした頭を向けてすすり泣いていた。
遠目でみるとなんだか緑色に見える彼女。
静かに涙を流しているのがわかった。
女性が泣いているんだ。
その理由はともかく、男なら目の前の女性を何とかしてあげるべきじゃないか…。
…こんな洞窟内ですすり泣く相手にどう接すればいいのかわからないけど…。
とにかく彼女に近づこうと一歩足を踏み出そうとしたそのときだ。
「来るな!」
女性は言った。
泣きながらも、震えながらも凛としたよく通る声で。
自然と止まる足。
その声を聞いた瞬間に肌から何かを感じた。
ピリピリする…嫌な何か。
空気が痛く感じられそうな…そんな感覚が体を支配する。
この感覚は…あのときの師匠と対峙したときと似ている…。
目の前でとてつもない化物がいるという感覚。
ライオンや豹といった猛獣でも遠く及ばない、嫌な感覚。
体内に液体窒素を流し込まれるような、体温を絶対零度まで無理やり下げられるような嫌な冷たさ。
目の前で命を握られるような、押しつぶされそうな…そんな気持ちにさせられた。
「それ以上、来ないでくれ…。」
さっきとは違う弱弱しい声で彼女は言った。
「来ないでって…。」
泣きながらいったい何を言っているんだこの女性は…。
泣いている人を放っておけるほどオレは冷徹じゃないんだよ。
しかし彼女は言葉を繋ぐ。
同じように弱弱しく。
「こちらへ…来ないでくれ…頼むから…っ。」
なおさら行かずにいられるかよ。
彼女はこちらを見ずに顔を下げたままだ。
オレのほうを見ようとはしない。いや。
自分自身に絶対に見せないように蹲っているように見えた。
オレという存在を知らずにいられるように。
オレという人間を認識しないように…。
…わけがわかんないな。
こんな洞窟内で一人淋しくすすり泣いて。
それで「来ないでくれ」って…なにがしたいんだ?
彼氏に浮気でもされて泣いているのか?
旦那に不倫されて涙しているのか?
はたまた誰か大切な人を失ったとか…?
理由はともかくこんな洞窟内ですすり泣きやがって。
一人になりたいって言うのはよくわかるけどさすがこんな洞窟は危ないだろ。
危ないというのに彼女は泣き続ける。
泣き続けながらオレへ向かって言葉を発する。
「冒険者か…ギルドの者かなんてものは、どうでもいい…頼むから…来ないでくれ。ここには貴様の望むような宝なぞないっ…。」
いや、宝って…。
確かに洞窟内を抜けた先の部屋には宝が置いてあるっていうのはゲームでよくあるけどさ。
冒険者か…ギルド?ファンタジーな響きだなおい。
そんな人達が来るのか?
え?何この世界?
オレはどんな世界に来たんだよ…。
心の中で大きなため息をつきつつも彼女のほうへ視線は向けたまま。
動く様子はないらしい。
さっきっから一ミリもあの場所を動こうとしない。
それどころか指一本、頭さえ動かさない。
「私が欲しいというわけではないのだろう…?だったら早く帰ってくれ…!」
…
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