【懐かしい】 ・心が引かれて離れがたい
・かつて慣れ親しんだ事物を思い出して昔に戻ったように楽しい
・引き寄せたいほどにいとおしい
『記録』の中から気にかかった感情を探し出し意味を確認する。一度覚えたことを忘れない私にとって不要のことだというのに。
以前感じたあの感情。なぜ抱いたかわからないあの気持ち。
意味こそ理解しているはずなのにどうしてこうもわからないものなのか。
かつてあったような『懐かしさ』
物事を忘れない私にとってそれはあるはずのない感情なのに沸き上がってきた意味が分からない。
記載されていないものなど調べようもなく、確認しようもない。新たに記録するにも私は媒体でしかない。
―私一人ではどう探しても見つけることもできない。
もう一度感じられれば理解することができるのだろうか。
誰かが教えてくれればわかるようになるだろうか。
―しかし私一人ではどうやったところで無理なこと。
結局何をしたところで私は『本』。記述されたこと以上のものなど得られない。
―だったら求めるのは外部からの『記入』
それが出来る相手はいくらでもいる。だが、私が関わりを持てる相手はごく僅か―結局のところ頼れる相手は一人しかいない。
「…おや、メモーリア様ではありませんか」
人気のない廊下にぽつんとある黒い扉。それを開けて現れたのは以前と同じ姿、同じ姿勢のメイドのエミリーだった。当然ながら魔物らしい姿ではない。誰がどう見ても人間に見える形である。今更私には不要なものだけど。
「ユウ、タは?」
「…本日はレジーナ様の護衛のお仕事があります。戻られるのは夜ですが、何か御用でもありましたか?言伝ならば私が承りますが」
「…い、い」
ユウタがいないのでは来た意味がない。なら、夜まで待つべきかと思うが時間を潰すものもない。
仕方なくいつものように庭園でただすることもなくじっとしていようかと思い踵を返す、その時だった。
「あら、エミリー」
誰もが忘れることのできない輝く白髪。老若男女問わずに惑わす魔性の赤目。人間にはあるはずのない角に尻尾、そして翼。
メイドが廊下を忙しなく駆け巡るように、騎士が自室へゆっくり戻るように。彼女もまたここにいることが当然と言わんばかりの足運びで部屋の前へと歩いてくる。
魔王の娘の―リリムが。
「こんにちは。あら、あなたは…確かあの時の娘ね。貴方もユウタに会いに来たの?」
「…!」
薄桃色の艶やかな唇が穏やかな言葉を紡ぐ。親しげにユウタの名前を混ぜながら。
明らかに初対面とは思えない呼び方だった。
「ユ、ウタと知り合、い?」
「えぇ、レジーナのところに遊びに行った時からね」
にっこりと見せるその笑顔。感情のある者ならば男女問わずに惑わされることだろう。
だが、気になるのはそこではない。
目の前にいるのは魔王の娘。魔物の中でも頂点に君臨する最大の脅威。
人気のない廊下とはいえ魔王の娘が白昼堂々と出歩くことができる。そんな王宮内の警備の甘さは変えなければいけないこと。
それ以上に気にかかるのは―名前を呼んだその声色。
ユウタは他国に知られるほど有名ではない。魔界に轟くほど脅威でもない。その上で呼ぶということは。しかも、親しげに呼ぶその声色は。
明らかに初対面の物ではなく―まるで友人のようなもの。
「…お手数ですが、ユウタ様は只今レジーナ様の護衛の仕事の最中です。お帰りは夜になるかと」
「あら、今日もなの?んもう、レジーナったら独り占めしちゃって」
「…ちなみにこの前の休日もレジーナ様に連れ出されておりました」
「あ、ずるい!」
「…仕事外でもお二人は上司と部下、いえ、王女と護衛ですので」
「ただの職権乱用じゃないの?エミリーだって甘えないとレジーナが全部もってっちゃうわよ」
「…むしろ私はユウタ様に持っていかふぇへへへ」
魔物二人が会話する。だが、そこに私の記録にある淫らでいやしい姿は見られない。
あるのは町娘が偶然出会った友人とするような明るく気ままな会話のみ。違うのは尻尾と翼と角の有無ぐらい。
何より驚いたのはフィオナの表情。
リリムといえど感情は表情に出る。だが、そこにあるのは初めて私を前にした時とは異なるもの。ひどく残念そうで、じれったくて、焦れて、だけど楽し気で。
少なくとも記録される悪魔のようなものではない。堕落させるような淫らなものでもない。
そこらのメイドが浮かべるような、時折女性の騎士に垣間見えるような、ここ最近レジーナ様が見せるものと同じだった。
なら。
リリムの感情も人間と変わらぬのだろうか。
魔物が抱く心情は人と同じものだろうか。
記録として載せられぬ情報。考えと目の当たりにした事実に私は狼狽え
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