【サンドイッチ】 薄く切ったパンの間に肉・卵・ハム・野菜を挟んだ食べ物

変わらぬ日々を過ごすことに思うことなどありはしない。
同じ毎日を繰り返すことに苦痛を抱くことはない。
それが私の役目であって一冊としての役割である。
だから今日も今日とて膨大な情報を頭の中へと記録する。片手に栄養補給を済ませながらいつものようにこなしていく、はずだった。



一時の気の迷いだろうか。



私の手には黒いハンカチが握られている。場所も王宮内の庭園ではなく人気のない廊下に立っていた。
目の前には漆黒のドア。細かな装飾。特徴的でありまず一騎士の部屋を飾るようなものではない。それだけの地位と実力が示されているようなもの。最も、王宮内で人気のない部屋を与えられている時点で厄介者でもあるのだろうが。
そのドアをノックする。

「…はい」

返ってきたのは男性にしては高めの声。否、男性には出せない声域のもの。ドアをゆっくり開けて現れたのはどう見ても男性とは思えない細い骨格と丸みを帯びた体だった。

「…?」

胡桃色の短い髪の毛と黒色の服。首元につけた十字架は王宮内に務める者の証。つまるところ現れたのはメイドだった。
別段メイドなど珍しくもない。王宮内にメイドとして勤める者もいるし、皆頭の中に記録している。名前も年齢も家族構成までも私の中にある。



だが―このメイドは違う。



どこを担当しているか知らない。
私の記録に存在しない―つい最近になって働き始めたメイドだろうか。それにしては情報が一切私に記されていない。

「…何か御用ですか?」

とても静かな声色だった。水のようにさっぱりと冷たくて、感情の抑揚のない初めて耳にする声だった。
やはり私は彼女を知らない。

「こ、れ」

目の前の人物が不審であっても私の目的は変わらない。持ってきたハンカチを突き出すと彼女はわずかに片眉を吊り上げた。

「…ユウタ様のハンカチですね。何故あなたがこれを?」
「ユウ、タ様?」
「…質問に答えていただけますか?」

抑揚のない声色だがわずかに強張っている。私が疑問を抱くことを許さないとでも言いたげなものだった。

『ユウタ様』

騎士団の部隊長ともなれば付き人の一人くらいは許される。だが、王族に仕えるものとして多少の地位は約束されるがまさかメイド付きまでとは思わなかった。

「こ、の前ユウタが王宮な、いの庭園に来た、時に忘れ、ていった」
「…そうでしたか。これは疑ってしまって申し訳ありません。では私が渡しておきますのでこちらへ」

受け取ろうとメイドが手を伸ばしてくる。
異常なほどに白くて滑らかな肌の表面。傷も染みもなく、爪は形よく揃っていた。そんな手を見て―違和感。

「…」

メイドとして働くのなら肌は荒れているものだ。手入れが行き届いているのなら別だが私の目にはあまりにも異常に映る。
それだけではない。髪の毛、肉付き、骨格、立ち姿。まるで誰かが手を加えたかのような整い方。生まれ持った完璧な美貌とはまた違う、努力で成し得た美しさともまた異なるもの。
私の記憶の中から引きずり出された感覚。当然見間違いも記憶違いもありはしない。こういう異常さは決まって一つの事実へたどり着く。
すなわち―



「―あなた、は魔、物…」



「…何を仰いますか」

荒唐無稽な発言だっただろう。メイドは気にすることもなく短く返すだけ。焦りも戸惑いもなく私の手からハンカチを受け取った。
だが、わかる。
声色が変化した。右手の指が一瞬反応した。移る視線がぎこちなく泳ぐ。肌にうっすら汗をかく。
人間が嘘をつくときの挙動は全て記録している。しかし、このメイドは嘘をついている挙動はなかった。事実を肯定しているだけ、そう見せつけてくる。

だから、わかってしまう。

いくら完璧な人間だろうと自分に嘘はつけない。だからどこかに、確実に変化が現れる。人間がほかの人間を騙すため、自分自身を偽るため。

だが、彼女は違う。

偽っているのではなく―見せつけている。自分が自分であることを堂々と、嘘を肯定するように。そうあることが当たり前と言わんばかりに。
それは人間が人間に見せつける偽りの姿ではなく―人間のように振る舞う態度。
何度も記憶してきた魔物が人間へと溶け込むときの仕草と同じ物。




「貴方はキ、キーモラ」



メイドの魔物であって人の感情に鋭いという特徴がある。元は怠け者を食い殺す存在だったが今は見目麗しく瀟洒な佇まいの女性の姿。しかし根本は他の魔物と変わらぬ人間を堕落させる存在。耳や尻尾といった魔物らしいものは見当たらないが、その程度隠す術はいくらでもある。
彼女はこの王国にとって許されぬものであり―浄化されるべき対象だった。

「…」

メイドの目が細められた。ちらりと見えた光は剣呑で掌がゆっくりとスカートへ向かう。
体の動き、骨格からの見立て、予
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