【記録】 史料としての日記、書類等のこと

「―以上が、八年前に起き、た事件の結果」
「あら、思った以上に被害が少なく済んだのですね」

私の言葉に目の前にいた女性は小さく微笑みながら答えた。
まるで彫像のように整った顔立ちと―透き通った青い瞳。それは全てを見透かすかのように真っ直ぐ向けられた。

「現在の状況はどうなっているのです?」
「人口は、1.8倍にな、ってる。各町、から支援をう、けてる。その結果規模もま、た同様に、膨れ上がって、る」
「うふふっ」

彼女は笑う。柔らかな金髪を揺らしながら。

「いけませんね。とてもいけないことです。ただでさえあの町の場所は私たちにとっても都合の良い場所。山々に囲まれ、海に面して…えぇっと、だからこそ攻め落とすには難しい地形なのでしょう?いけませんわ。戦術関係は私よりもお姉さまの領分ですのに」
「狙え、るのは、内部か、らの攻撃」
「えぇ、魔物たちを油断させなおかつ強大な力を持った者のみ、ですわ。それで…ここまでの会話の記録はできていますか?」
「で、きて、る」
「うふふっ。愚問でしたね、メモーリア」

彼女は羽ペンを握っていた手を止めた。ペン立てに突き刺して白い椅子に背を預け体を大きく伸ばす。小気味よい関節の鳴る音が聞こえてきた。

「今日はこれくらいで終わりにしましょうか。それでは今日は『ウラスタカの日差し』でもお願いしましょうか」
「『ウラスタカの日差し』………23頁、432行、8420文字。著者、ポヴィェシチ・ヌベラス。ずっ、と昔の、本」
「いつになろうとも名作は名作のまま変わらぬものですよ」

彼女は椅子から立ち上がると私の頬へと指先を伸ばしてきた。肉をひっかけ、瞳を無理やり開かせる。覗き込んでくる青い瞳に私はなす術はない。
そもそもこれが私の役目であって―役割でしかない。

「うふふっ。お願いできますか?」
「……『普段騒がしい隣人の怒鳴り声も、向かいの家の子供たちの声も聞こえない。静けさが耳に痛いそんな夜、私の瞳には―」

私は求められるがままに言葉を紡ぐ。かつて流行した小説の一ページ目から、全てを。


8万と5231冊分の魔術書。


582年と11カ月21日の歴史。


起きた戦は1万を超え、出来事は1億も超える。


料理のレシピ、子守の童話、お伽噺に伝説、事件はもはや数えるだけ無駄なもの。


それら全てが―私の頭の中に記録されていた。





私は―『本』





出来事を記録し、行いを記載し、起こりえた全てを余さず記憶する―『一冊の本』
それが私の生きる意味であって―私の役目であって。



『一冊の本』こそが―私という存在だった。



記録することは日々尽きない。どこの店で窃盗が起きた。遠くの国で同盟が結ばれた。廃れた孤児院に新たな子供が預けられた。ある夫婦の間に子供ができた。
全てが全て紙に記され、私の目を通じて頭の奥へと記録されていく。一字一句零すことなく、誤ることもなく。
全ては神様が決めた『運命』。だから私は神様の決めた運命をすべて記録する。この目で、この耳で、肌で、鼻で、舌で。感じたことは全て刻み、得たことは全て焼き付ける。
普通の人間ならばまずできない行為。昨日のことすら忘れてしまう者もいる。歳を重ねれば嫌でも消えて、やがては何もわからなくなる。

それが普通の人間というものであり―私とは別の存在。

一度見た光景は微小な存在をも記録する。
一度聞いた声は掠れたものですら残る。
一度感じた熱は痛みのように刻まれる。
一度匂ったものは程度ですら分別される。
一度味わったものは僅かな変化すら覚えてしまう。



私は『忘れることができない体質』だった。



人は言った。運命を記録するための書記であると。
人は言った。忘却を取り上げられた哀れな女と。
どちらが正しいかなど私には判断のつかないこと。だが、わからずとも困ることなどありはなしない。



だって私は人間として生きているわけではないのだから。





王宮内の秘密の庭園。入れるのは王族と、ほんの一部の人間。噂程度にしか知られていない空間の、中央の席。そこが私の指定席。
寝ぼけ眼でも私のやること変わらない。ぼやけていようと朧なことであろうと目に移れば頭に刻まれ、耳にすれば記憶に残る。そんな変わらぬ日常をいつものように過ごしていた。
昨日よりも高い気温。強めの日差しの下で私は水の入ったカップ、摂取している食べ物と並べて置かれた書物に目を通す。ここ最近起きた事件と経緯と対処。そんなものを頭の中へと『記録』していく。
途方もない数の事件。膨大な死傷者の名前。終わりの見えぬ犯行者。時には長く、時には番号でつけられた名前をただひたすらに目を通していく。
昨日も、一昨日も、一昨昨日も。
一月前も、半年前も、一年前も。
私のやることは相も変わ
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