サポートのオレ

「本当はね、悪魔さんに変えられたのは…私自身がお願いしたからなの」
「…はぃ?」

泣き止みながらも震える声で御子柴先生はぽつりと語りだした。隣に座っていたオレは突然の発言内容に素っ頓狂な声で答えてしまう。だが、構うことなく彼女は言葉を続けた。

「自分でもドジなところは直さなきゃいけないってわかってた。でも、どうやっても直せなくて、ならいっそのこと行くところまで行っちゃおうと思って」
「…行き過ぎじゃないですかね?」

調子に乗る以上に歯止めがきかない。かつてあやかが言った言葉の意味がよくわかる話だった。
歯止めがきかず、そのせいで止まることなく突き進む。おかげでイメチェンで失敗し、指示棒で引っ掛けて、人間までやめる始末。
首輪でもかけて引っ張るのが一番だろうか、なんて犬の姿の御子柴先生を見て思ってしまう。

「ダメだなぁ…私。全然変わってないや」

自嘲気味の笑みはとても痛々しく、普段の柔らかな雰囲気の御子柴先生とは似つかない。
否、こちらが本当の御子柴先生なのだろう。今は犬になっているが、悩みに悩み、努力を重ね、それでも報われずに挫けているのが彼女なのだろう。
ただ、報われてないのは伸ばした部分以上に凹んだ部分が大きいから。

「そんなことはないでしょう」

それでも、誰が笑うことができようか。

「必死に変わろうと頑張ってるじゃないですか」

授業を受ける皆その努力を知っている。
陰で頑張る先生だと皆わかっている。

「変わりたいっていうのなら、オレも頑張らせて頂きますよ」

だからこそ、誰だって助けになりたいと思うことだろう。オレもまた、同様に彼女の助けになりたいと思っている。

「頑張りましょうか、御子柴先生」

指先で耳の後ろを擽りながら髪の毛を梳かすように頭を撫でていく。それだけでも御子柴先生は嬉しそうに身を捩り、教師と思えぬ甘い声を漏らしていく。

「あふ、んん♪そこ、好きぃ♪」
「こうですか?」
「んんん♪」

頬を朱に染めてにへらと綻んだ笑みを浮かべていた。ぱたぱたと尻尾が床を叩きながらもっとと言わんばかりに体を摺り寄せてくる。徐々に体重がかけられて気づけばソファに倒れ込んでいた。
女体の柔らかさが服越しに突き刺さる。特に、下腹部へと顔を寄せたせいで太腿で胸がつぶれている。教師を越えた女の感触に逃げるように体を引いた。
だが、それより先に御子柴先生の両腕がまわされる。細腕のはずなのにがっちりと、離れることを厭うように。

「え、あ、先生?」
「もっと、して?」

潤んだ瞳と艶やかな唇。なんと色っぽくていやらしいことか。
思わず生唾を飲み込むがオレは生徒で彼女は教師。背徳的な関係は魅力的だが、下心のためにやっているわけではない。

「…仕方ありませんね。いいですよ。一杯してあげますから」

欲望を抑え込み、ゆっくりと掌で頭を撫でまわす。それでも燻る感情は否定できるものではない。
だからと言って暴走するほど馬鹿でもない。今あやかはいるべき時ではないのだから。
ここから先はオレの役目。不要な部分をとことん削り、見るべきものだけを残した御子柴先生にできる限りのことをする。と言っても、高校男児ができることなど限られているだろうが。

「それじゃあ御子柴先生。とりあえずは―」






「前から思ってたんですよ。御子柴先生って猫背ですよね」

丸めた背と愛らしい言動は男連中から見れば守ってあげたくなるほど可愛いもの。だが、びくびくおどおどした姿はどう見たところで自信があるとは思えない。むしろ自分の行動に迷い、失敗を恐れている。

そのために内面よりも―形から。

「まずは胸を張って背筋を伸ばしてみましょうか」
「え?背筋を…?」
「ようは姿勢です。正すだけでもいろいろと変わるものですよ。例えば他の人からの印象が変われば授業中のお喋りも減ったりして皆授業に集中したりとか」
「そんなものかなぁ」

地理を担当している教師なんていい例だ。ぴんと背筋の通った姿勢に自信に溢れた足運び。お年を召したベテラン教師で時折冗談を交える授業は楽しく、だけども誰も無駄口を叩かない。メリハリがあり皆集中を切らすことなく授業に取り組める。男女と問わず皆に人気の教師だった。
逆に厳しい雰囲気の英語教師もいる。冷たく物静かな言い方にはだれる余裕もなく、注意はそのまま説教へと繋がる。好かれこそしないが、それでも決して悪い授業ではない。そして姿勢は同様に背筋に鉄柱が入っているかと思えるほどに真っ直ぐだ。
御子柴先生はどちらとも違う。冗談はないし、厳しい雰囲気もない。辛い説教なんてもってのほかで、常に優しく明るく頑張りやさん。だから皆話しやすく、教える側もやりやすくはあるのだろう。



『だからいけないんだよ』



と、あやかは言っていた。
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