窓を叩く雨粒は止む気配を見せない。きっと一日中は降り注ぐことだろう。雨粒と外気に晒され続けた体はとても冷たく震えている。放っておけば体調を崩すどころでは済まない。
だからこそ、私はユウタ様と共に風呂場にいた。お互いに一糸まとわぬ姿で。
「…失礼します」
濡れた体を温めるためにもシャワーの湯を肌へと掛けていく。
女性にはない逞しい腕や胸板、広い肩幅に肉のついた背中。がちがちとは呼べないが、引き絞られた肉体に湯が伝い落ちる様は筆舌しがたい艶めかしさがあった。
「…っ」
ぞくりとする。
その身を抱きしめ、欲望のまま繋がり合いたい。魔物の本能が私の心を揺り動かしていく。
だらだらとだらしなく涎が垂れるが我慢。あまりにも無防備な背中と隙だらけな心だが本能任せの行為など暴漢と変わらない。私は暴漢ではなくメイドなのだから。
だがそれ以上に―ユウタ様の心はそんなものを持ちこむ余裕はなかった。
寂しく、切なく、辛く、悲しくある胸中が求めているのは欲望を満たす快感ではない。
もっと優しく。
もっと温かく。
もっと懐かしくて―決して私が差し上げられるものではなかった。
だが、私は何もできないメイドではない。
ユウタ様は私を救ってくださった。だからといって同じように救えるとは限らない。
それでも、持っていないから諦めるほどやわではない。
だからこそ、できないからと逃げ出す程愚かではない。
指先で傷つけぬようにとなぞっていく。冷えた肌を温めるように手を当てると温かな体温が掌と溶け合っていく。肩を、腕を、肘を、背中を摩って脇腹へ移りゆっくりと下がっていく。
無駄な肉のない引き絞られた肉体は固く逞しく、それでいて無骨さのない優しさに溢れていた。
「…っぁ」
脇腹を撫でていると手が添えられる。指先が重なると私は手を広げその指を絡ませ合う。撫でることはできなくなるが、これもまた悪いものではない。
身を寄せ額を首筋に押し当てる。それだけでもどこか救われたように心が軽くなっていく。
嬉しくはあった。だが、もどかしい。
私ならもっとできるはずだ。この冷たく寂しげな感情を取り除くことができるはずだ。
ユウタ様のメイドとして―たった一人のメイドとして。
「…紅茶を、淹れてきます」
「ん、ありがと」
シャワーを浴び終え寝間着姿になったユウタ様とメイド服姿に戻った私は寝室にいた。
ユウタ様は微笑んでくれるが痛ましさは変わらない。その目に私を捕らえているが、決して映っているわけではなかった。
視線の先がどこへ向いているのかわからない。せいぜい窓の外の雨模様程度だ。
だが、向けられた先にいるのはきっとユウタ様にとって欠かせない人だったのだろう。
親友だろうか。
家族だろうか。
恋人だろうか。
誰ともわからず、過去すらわからない私には憶測でしかない。
その存在に私がなる―なんて、烏滸がましいことだとは分かっている。
それでも今出来るのはその寂しさを癒すこと。そして、男性を癒すのは女の務め。
そこで体を用いて慰めるのはよくあることだ。英気を養うため一晩ベッドを共にすることはどこだろうと変わらない。
だからといってユウタ様が許容するとは思えないが。求めていても慰めを必要としない。一線越える理由にしてはあまりにも陳腐と感じることだろう。
私を想ってくださるからこそ、その心は未だ踏み止まっている。
私に泣き付いてもいい。暴力を振るわれてもいい。衣服を引きはがされて乱暴されても、口汚く罵られても構わない。だから、少しは弱いところを見せて欲しい。
そうできないのは自分一人で解決できることだからではない。あくまで、他人に知られたくない―他人の手を煩わせたくないから。
暴走したところでどのようなこともするつもりだ。それでも自暴自棄にすらなれないのはその心の強さゆえだろう。
だからまずはその心の強さを剥がさなければ始まらない。
「…」
私は離れたテーブルの上に並べたカップと、茶葉の入ったガラス容器を見つめていた。
これを用いることに抵抗はある。なぜならこれは信頼に欺く行為になりかねない。ユウタ様を支えるため、という免罪符に隠れた暴行に他ならない。
これが正解だと言い切るにはあまりにも荒っぽい。
だが、間違いにしては外れていない。
だからこそ私は茶葉を手に取った。
「…申し訳ありません、ユウタ様」
届かないほど小さく呟いた言葉に続きカップへと紅茶を注ぐのだった。
「…どうぞ、紅茶です。生姜を混ぜたので冷えた体も温まりますよ」
「ん、ありがと」
優しく微笑みを作るがいつものような明るい笑みが作れていない。それでもユウタ様は精一杯の笑顔で私の紅茶を受け取った。
紅茶の香りと生姜の香りを程よく混ぜた一杯は
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