メイドの立場はあまりにも弱いものだ。
給料は安月給。
休みは週に一度午後のみ、月に一日程度のもの。
裕福な家に仕えれば良いがそうでない者は全ての雑務を任される。
もし御主人様の目に留まり、夜伽を命じられても拒む術はなし。
子を孕めば仕事はできず、暇を出されるが当然。
無論相手はほぼ知らんぷり。容認されず路頭に迷い体を売る。そんな哀れで惨めなメイドを幾人も見てきたものだ。
だからこそ私は容易く忠誠を誓わない。
給料の安さに嘆きはしない。
休みのなさに憂いはしない。
雑務全てをこなす事が苦ではない。
御主人様に求められることが嫌だからではない。
私がメイドとして生き、メイドとして死ねる相手だからこそ忠誠を誓うのだ。
ユウタ様を選んだのは私が忠誠を誓う相手に値するからだと感じたからだ。
私の目に映る闇色の瞳は、しっかりと私を見返していたからだ。
現に私はメイドとして生きることができる。メイドとして死ぬこととなればユウタ様なら認めてくれるだろう。
それに、もし私が子を孕んだとしても見捨てるとは思えない。むしろ、無理矢理既成事実を作るのも視野に入ってしまうほどに遠慮深い。いつになったら襲いかかってくれるのかと焦れるほどに。
私がメイドであろうとも距離があることはいつものこと。
私がキキーモラになろうとも一線引かれていることに変わりはない。
だから私は―進まなければならない。
自分のために―そして、ユウタ様のために。
「…慰労、ですか?」
「そ」
とある昼下がりにテラスでお茶をするユウタ様がそう言った。くどいほどに甘ったるいケーキを半分まで食べて、しかし十分満足しながらテーブルに肘をついて私を見上げた。
「聞けばメイドさんの休日って週に一度午後のみだとか、お給料安いとか結構条件が厳しいって聞いたよ」
「…ユウタ様、私はそのようなことを不満に持ったことはありません」
私がメイドとして仕えるのは私の意思。
私がメイドとしてあり続けるのは私の誇り。
信条のまま、生き様としてメイドとしてあり続けている。
待遇や境遇に対して不満も不平もありはしない。
「いや、でもこっちは申し訳なく思ってるんだよ」
しかし、ユウタ様は納得してはくれなかった。
後ろめたく考えられている。申し訳なく思われている。それ以上に感謝されている。
だからこそ、私に何かをしたいというのだろう。
本当ならばその必要は一切ないのだが、そう思ってくださるだけで私には喜ばしいことだ。
「だからさ、どうにかしてねぎらいたいんだけど、聞けばメイドさんやら執事含めた人たちにも楽しみがあるって聞いてさ」
「…そのような事を誰から」
「いろいろ聞いたんだよ。レジーナだけじゃなくてフィオナとか、アイルとか、リチェーチとか、沢山」
決して今のままで満足しない。常に進み、何かを得る。そんな姿がどことなく私と被る。
御主人様と同じと言うのは烏滸がましいが、その姿勢は悪いことではない。
日々の鍛錬、前進の努力、求める心。邁進しようと努める姿は誰から見ても魅力的だろう。
それが私のためだけある。恐悦至極なことであった。
「この前の休日のお礼もかねてたいし、せっかくだからなんかしよっか」
「…ユウタ様。何度も申し上げていますが私は決して見返りを求めて仕事をこなすわけではありません」
「それでも、オレからだってしたいんだよ。だから、お願い」
…卑怯だろう。
命令ではない一言だが逆らえるはずがない。
私へ向ける優しい気持ち。卑しさのない純粋な善意の提案が私の心を舞い上がらせる。
もし人間ならば断ることもできただろう。だが、キキーモラの私にとって読みとれる感情が心を躍らせる。
その善意がどれほど心地良く―苦しいのかも知らないで。
「…では、差し出がましいことは理解しているのですが、今度の休日に私とともにデー………お出かけしていただけませんか?」
「いいよ」
私の言葉に嫌な顔せず、むしろ喜々として即答した。
それだけ私に求められたいと思っていたのだろう。
メイドが御主人様に求められる。これ以上嬉しいことはない。本来ならば。
だが求めているのは私の要望。メイドとしての私ではなく、女性としての私を求めている。
喜びたい。だけどもメイドの誇りが邪魔をする。
慎まなければ。しかし女の私が舞い上がる。
しかし、襲いたい。魔物の私は正直だった。
「涎、垂れてるよ」
「…これはお見苦しいところを」
「でもお出かけって言ってもどこ行く?この王国なんだかんだで見るところ結構あるし、カフェやら食事処やらも多いしさ」
「…この王国に訪れた際に見つけたある店、そこでの買い物に少々付き合っていただきたいのです」
「買い物?」
「…はい。最近の流行です」
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