メイドとは万能である。御主人様の要望に応じるために数多の事に精通し、どのようなことも万全にこなせてこそ一流のメイドである。
御主人様が一を求めれば百を用意し、千に備え、万を予測する。どのような事態に陥ろうとも満足いく結果を差し上げるのがメイドである。
だが、そんなメイドであっても―全能ではない。
完璧を追い求めても完全にはなりきれない。
万能であっても欠点はなくならない。
だが欠点を放置するのは無能の証。万能のメイドは欠点をどう補うか頭を働かせ常に行動を起こしているものだ。
つまるところ、私とて万能のメイドであっても全能なメイドではない。ユウタ様にお仕えして既に半年以上の月日が経つというのに私は結局ただのメイドでしかなかった。前回の遠出で痛感した私は早速精進するために行動へ移っていた。
私はユウタ様を知らな過ぎる。
傍に居る時間は誰よりも長いだろう。だが、私以上に隣にいた方がいる。
ユウタ様の事は沢山知っていても、私の知らぬユウタ様を見ている方はいる。
キキーモラになったところで埋めきれぬ過去と空白を補うにはどうすればいいか。
それは命懸けになるだろう。
この王国内で魔物の私が闊歩することは自殺行為。だが、恐れて止まることなど私は私自身を許さない。
メイドとは時に御主人様のために命を捧げることもある。
命を懸けてまで行わなければならぬことがある。
メイドとしての停滞は時に死をも超える事態。キキーモラとなった状態で満足するようなら三流以下。何も知らずに奉仕するなど言語道断である。
だからこそ、私は進まねばらならない。
魔力を最低限まで抑え込む薬を飲んだ。匂いを抑える香水をかけた。魔力を遮断する下着をつけた。人間だった頃に纏っていたメイド服を着こんだ。耳も尻尾も隠した上でだ。
これなら普通の者に見破られることはないだろう。もし、ダメだったとしてもスカート内に仕込んだナイフで昏倒させればいい。
ただ、これから会う女性相手にはわからない。実力は向こうの方が遥かに上で、魔物を殲滅することにかけてはスペシャリスト。気づけば首が落ちている、なんてこともありうるのだから。
「…っ」
肌を突き刺し、じりじりと焼けるように痛みが走る。人間であった頃でも感じられただろう、あまりにも厳粛で神秘的な雰囲気に呼吸が止まった。
まだ視覚に収めてすらいない。他の者が一切いないのも理由だろうがあまりにも純粋で―あまりにも強大過ぎる魔力が漂ってくる。
耳を澄ませば金属同士のぶつかり合う音が奥から響き、かすかながら男と女の汗の匂いが香ってくる。
間違いなくここだろう。確信した私は王族以外立ち入り禁止であるはずの空間へと足を踏み入れた。
その空間は美しかった。
まるで隠されたように存在する王宮内の庭園。装飾らしいものは一切なく中央部が鍛錬場の様に整えられている。あとはせいぜい端の方に花壇があるだけだ。
一歩踏み入れただけで背筋がぴんと伸びてしまう。王の御前にいるような錯覚を抱く程に張りつめ、厳粛な雰囲気を醸し出していた。
色とりどりの花々は手入れされた形跡がない。なのに、無駄のない純粋な姿は何よりも完璧で誇らしげに咲き乱れていた。
これが、王族と許しを得た者しか踏み入れることを許されぬ空間。とすればこの空気もあの花々も王族の持つ『退魔の力』故のものだろうか。
「…っ」
その中央部。光を浴びながら二人の姿が目に映る。
日の光すら吸い込むほどに黒い髪。夜に浸したような黒い服には大きな十字架が象られている。そして、全てを染め上げそうな濃くて深い闇色の瞳。
見間違えるはずもない、私の御主人様のユウタ様だ。
そして、もう一人。
長く伸ばした金色の髪の毛は神々しく日の光を反射する。純白に包まれた素肌は傷も染みもなく輝いている。大きく膨らんだ胸や細く引き絞られた腹部、艶めかしい曲線を描く臀部は女の色香を惜しげもなく振るっていた。だが、下品な印象は一切なくあるのは芸術家が手掛けたような、美を体現した姿。
その振る舞いはまさしく『王』
その美貌はまるで『女神』
誰もが跪きたくなる雰囲気に、忠誠を誓いたくなる眼差し。付き従うことに喜びを覚え、声を掛けられることに悦楽を抱く。
それが―『ディユシエロ王国第一王女』
『レジーナ・ヴィルジニテ・ディユシエロ』
「ふふんっ」
軽快なステップを踏み手にしていた剣を引いた。分厚く、重い大きな刃。大人一人はありそうな大剣をレジーナ様は棒切れの様に振り回す。一撃貰えば骨は砕け、肉が千切れかねない勢いで。
「っと」
相対するは我が御主人様。こちらは武器と呼べるものを持たず、最低限の手甲や防具のみの姿だ。だというのにその足運びは軽やかで立ち向かう姿に躊躇いは一切ない。
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