おやすみなさいませ、御主人様

「はいこれ」

ある日突然ユウタ様は私へ一つの袋を渡してきた。大きく膨らみ、ずっしりと重いそれは少し揺らしただけで金属音が響く。中身は見ずともわかる。この量とこの重さ、これは全て硬貨だろう。

「…ユウタ様、これは一体何でしょうか?」
「お給料。本当ならもっと早くに渡したかったんだけどメイドさんの給料ってわからなくてさ。レジーナに聞いた一般的な給料を今まで分と、遅れたことのお詫び分」
「…ちなみに、お支払いはどこから?」

私は正式にこの王国に仕えているわけではない。仕えているのはユウタ様ただ一人だ。王国に忠誠を誓ったわけではないし、あちらから見れば私はユウタ様の拾い物でしかない。
それでも私は王宮内に暮らせている。
高い技術とそれなりの地位。双方あっても王宮内で部屋を与えられるのは、それも個室を頂けるのは一握り。メイドというただの従者一人に過ぎた待遇だが、その上給金まで支払われるだろうか。
私の疑問にユウタ様はこともなげに言った。

「オレの財布からだけど」
「…いただけません。そんな、ユウタ様のお給料を頂くなどとはあまりにも恐れ多いです」

本来ならば主従の関係とはそういうもの。労働の対価に給金を支払うのはどこの国でも変わらない。

だが、違う。

私は決してユウタ様のお給金目当てにメイドになったわけではない。
私の忠誠心はどれほど高価な宝石や金塊でも等々とはなりえない。
私が仕えたいと思ったからこそ仕えているだけなのだ。
それに、メイドというものは仕えているだけでもちびちびお金を稼ぐことも出来る。
例えばユウタ様へお出しする茶葉の出がらしを売る。王宮内で出た廃棄されるワイン瓶、コルクや蝋燭の燃えさしもまた同様。
さらにユウタ様は王族直属の護衛故の待遇の良さもある。そのおこぼれにあやかるだけで一人で暮らすには十分の稼ぎとなっていた。

「レジーナの護衛って基本毎日あるからお金を使う暇があんまりないのに結構入ってくるんだよ。使っても休日に食料買いだめするだけだし、なくなったら王宮の食堂で食べたりするし、文字も読めないから読書も出来ないし。ただ貯まってくだけだからぜんぜん平気だよ」
「…ならお金ではなく」

体でお支払いください、と言いかけて止めた。
危ない危ない、思わず本音が零れるところだった。流石のユウタ様とて慎みのない言動は逆に引かれかねない。
だが、魅力的な案ではある。せめて添い寝程度のお許しを得てそのまま同じベッドで寝転びああユウタ様そこはいけませふぇへへへ…。

「あ…涎垂れてるよ」
「…これは失礼しました」

涎を拭うとお給料を手渡される。
だが掌に伝わる重さはかなりのもの。いや、この王国のメイドがどれだけ貰っているか知らないが普通ここまでの重量にはならないだろう。
すなわち王宮勤めのメイド達がそれだけ優遇されているということか。
それともお詫びの分がそれだけ多いのか。
だが、どちらにしろ私の中ではただの金。それ以上の価値もそれ以下の価値もない。

「…ユウタ様。私がユウタ様に仕えるのは給料が欲しいからではありません。私が仕えたいからメイドをしているのです」
「わかってるよ。そのことについては本当に感謝してるし、申し訳なくも思ってる。だからその分を返したいんだよ」
「…私にとってメイドとは生き甲斐です。人生です。『メイド・畢生』です。受けた忠誠を金銭で支払われてはメイドとしての立つ瀬がありません」
「いや、これ普通のことだと思うんだけど…」

それに、とユウタ様はさらに言葉を続ける。

「ここんとこちゃんと休んだ日あった?」
「…私は既に人間ではありません。体を休める必要などないのです。ですからお給料も休みも」
「それでも、だよ。たまには趣味とか没頭する日があってもいいんじゃないの?女性なんだからお洒落とかしてみたら?」

キキーモラでなくとも心の底から気遣ってくれているのがよくわかる。
メイドとして扱うのではない、一人の女性として扱ってくださることは嬉しいが、同時にもどかしい。





それは―未だにユウタ様から一人のメイドとして見られていないということに他ならない。









寝室に入るユウタ様を見送ってから結局受け取ってしまった袋を取り出す。中身は部屋の明かりを眩しいくらいに反射する。一枚つまみあげるとそれは金色に輝いた。
全て金貨…それがこの量。一般的な家庭なら数か月は十分に暮らせることだろう。だが一人のメイドが貰うにも持て余し過ぎる。

「…どうしましょうか」

私とてやることがないわけではない。
空いた時間に行う料理や家事もある意味趣味。時には読書や時には音楽、武術を嗜むこともある。
だが、この王国で盛んにふるまわれる料理は全て完璧に作れる。
炊事洗濯掃除もあの自室ではほぼ不要。
愛読書であ
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