中編

高校生で一人暮らしなんて普通しない。よほど金銭的余裕があるか、親元を離れたいなどの理由がない限りはそんなことはしない。オレも唯一知っているのはとある後輩一人だけであって小鳥遊さんがしていたなど初耳だ。
だがサキュバスとなった彼女にとっては好都合だったことだろう。両親に知られたら一大事間違いなしだ。

「…」

サキュバスとはいえ同級生の女子生徒。女系家族故に姉達の部屋には何度も入っていたが、家族以外で『まとも』な女性の部屋を訪れるのはこれが初めてである。
師匠は例外として。後輩も……同じく。



小奇麗なマンションの中へと入り階段を上り、目的の階で綺麗な壁を右手に移動する。一つ二つ三つ…過ぎていくドアを数えていると一番端で足を止めた。
教えられた番号と目の前の番号を確認する。苗字もきちんと『小鳥遊』とあるので間違いないだろう。
ドアから一歩引いて辺りを見渡す。小ざっぱりとした建物だが防犯対策も一応されており監視カメラが数台ついていた。
女性の一人暮らし、それも高校生には十分住みやすいだろうが金銭面はどうしてるのだろう。うちの学校バイト禁止だし。
なんて考えるのは失礼だろう。オレはさっさとインターホンを押した。

「はい」

短い小さな返事がするとすぐにドアが開けられる。向こう側にいたのは小鳥遊さん。薄い布地で黄色のシャツ、同じ色のズボンを履いて彼女は眼鏡越しで眠たげにオレを見つめていた。先ほどまで寝ていたのか下ろした髪に癖がつき、背中から生えた翼が気だるげに下がっている。

「入って」
「…あ、うん」

促されるままに中へと入ると鍵を掛けられる。ご丁寧にチェーンまで。案内されたリビングに座り込んで改めて小鳥遊さんの姿を見る。
その姿を見て数秒。先ほど言葉が出せなかったのはいつもは見えない瞳がオレを捕らえていたからだった。
日本人特有の黒髪黒目。だけどもその目は切れ長で若干鋭さを感じさせる。だが、決して険悪なものではなく、凛として孤高とした雰囲気を抱かせた。
飾らず言えば美人だった。
それはもう別人かと思えるほどに。

「…眼鏡」
「ん?」
「眼鏡変えたの?」

いつもつけてる牛乳瓶の底みたいな眼鏡ではない。オレの視線もはっきり通る程に度がない眼鏡。滅茶苦茶目の悪い彼女にとってそれでは足元すら見えないのではないだろうか。
だが小鳥遊さんは首を振る。

「伊達眼鏡。かけてないと落ち着かないから」
「あぁ、そうなんだ……え?伊達なの?」
「サキュバスになってから視力がよくなったから」
「…へぇ」

揺れるハートの形をした尻尾と翼、髪の毛の間から生えた角を見て考える。サキュバスなんて人間と比べたらずっと格の高い生物なんだろう。それなら身体能力も遥かに高いに違いない。空飛べそうだし。
…いや。

「じゃ、学校でつけてるのは?」
「今までつけてたやつに別のレンズはめ込んだ」
「別の…って、それで見えるの?」
「平気。ないと落ち着かないから」
「そっか」

もったいないと思う。
長身で無駄な肉もなく、制服のせいでわかりにくいがスタイルは良い。さらには眼鏡で隠れていた顔も綺麗。同級生の中では確実にレベルは高いだろう。それなら男子も放っておかないというのに。

「今お茶入れてくるから」
「あ、お構いなくー」

立ち上がると台所へと行ってしまう小鳥遊さん。残されたオレは失礼ながらも部屋を見渡していた。
飾り気のない部屋の風景。ベッドと棚とクローゼットにノートパソコン。物欲がないのか家具は少なく最低限だ。一人暮らしで部屋の間取り問題もあるだろうがそれにしても女の子らしくないというか…。
ふと身近な女性である我が双子の姉と比べてしまう。あやかなら黄緑色のカーペットだとか、花柄の芳香剤とか、可愛らしいクッションとかでさりげなく飾っている。
師匠もあれで結構女性らしいインテリア家具を揃えてる。ハート型の果物を付ける植物とか、芸術作品にも見える蜜の容器とかもあったっけ。
小鳥遊さんはそんなことにかまけてる余裕がないのか興味自体がないのだろうか。天才の考えはよくわからない。

「…あ」

ただ、一つ目を引くものがあった。
小さな本棚に所狭しと詰め込まれたいくつもの本。少女マンガのように飾られた背表紙ではなく、参考書のように分厚いものでもない。黒い背表紙に黄色い文字。中にはピンクや紫と妖しいものも混じっている。

「……」

普段授業中に本を読む彼女だがもしかしてこれらを読んでいるのだろうか。そう思って少し近づくと背表紙の文字が瞳に映る。

『年上の彼女 艶めかしい指づかい』

『背徳な夜 快楽に堕ちる体』

『壁際の艶声』

どう見ても全年齢向けの本ではなかった。
というかこれ官能小説だ。

「……なんだこれ」
「官能小説」
「わっ」

いつの間にか戻って
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