雨と貴方とオレと雷

「おかしなもんじゃないかぃ」

静かに雨粒が降り注ぐ、とある日のことだった。
人気のない山の上、元々龍神が暮らしていた神社で休日を満喫していたオレこと黒崎ゆうたは隣で呟いた女性へと視線を移す。
彼女は縁側に我が物顔で寝転がる。当然ながらこの神社の住人ではない。だがそんなことお構いなしに彼女は堂々としていた。

「恵みの雨なんて言われてるのにこっちは感謝されやしない」

和服、に見えなくもない藍色の衣服。所々青白く光り輝き時折肌に閃光が走る。首筋には動物の様な毛が生え、さらに頭の上には獣の様な耳があった。
どこをどう見ても人ではない。ジパングと言われるこの国では珍しくない妖怪の一人だ。

「雷なんて、どこがいいんだろうねぇ」

着物から肌蹴た大きな胸に、見せつけるように伸ばされた眩しい太腿。だが女郎の如く色っぽい雰囲気ではない。
大っぴらで凶暴で、強気だけどちょっとどこか儚げで。
時折空を打ち鳴らし、時には弱弱しくも閃光を迸らせる雷の如く、そんな雰囲気を纏った女性だった。

「あんたは…怖くないんかぃ?」

刀の様な切れ長の釣り目、黄緑色の瞳がこちらへ向けられる。
まるで心の底まで貫かれるような鋭い視線。声こそ静かなものだったが奥に潜めた感情は穏やかなものではない。
だからと言って恐れる物でもないのだけど。

「いや、別に」

特に気にする事でもない。そっけない言葉と共に御茶請け用として出したトウモロコシへと手を伸ばす。だが既に食べられてしまったらしく空を何度も掴んだ。
隣を見れば寝転ぶ彼女がトウモロコシに噛みついていた。

「ん?なんだい、そんなに食べたかったのかぃ?」

ふと気づいたように齧りかけを口から離して左右に揺らす。先端から音を立てて稲妻が弾け飛んだ。
柔らかそうな桜色の唇が弧を描く。あまりいいことを考えてるとは思えない表情だった。

「あっはぁ♪せっかくだからこのまま食べるかぃ?」
「いいよ。流石に人様が食べてるものを欲しがるほど卑しくないし」
「……そーかぃ」

なぜだか残念そうに呟くと思い切り噛みついた。トウモロコシを回し、三週もするころには全て剥がされ食べかすが器に落とされた。

「あんたも雷が怖いんかぃ?」

ぱちり、と指先から稲妻がほとばしる。先ほどからずっと、初めて会った時からずっと帯電している雷だ。
彼女もまたこのジパングにおける一人の妖怪であり人間ではない存在だ。人に害を成すと言われていた雷の獣。



『雷獣』の、らいなさん。



雨が降った日にはふらりと山を出歩いて気づけば自宅として住んでいるこの龍神神社へと訪れる。
かつてここに住んでいた龍神と知り合いだったのか、はたまた街よりも近いここを気に入っているのかはわからない。
だが、誰も会えない雨の日にこうして隣で話せるのは結構嬉しかった。

「いや、別にって言ったじゃん。雷が鳴る日って逆に楽しくなるけどね。普段にはない日だからこそ興奮するっていうかさ」
「あっはぁ!だったら今ここで一発打ち鳴らしてやろうかい?」
「それは勘弁かな」

けたけた笑う雷獣の隣でからから笑う。そのまま背後へと体重をかけて寝ころぼうかとしたその時、らいなさんと指先が触れ合った。

「あっ…」
「んっ!」

一瞬触れた指と指。
途端に走るわずかな電流。ドアノブを握った際に走る静電気ほどの強さだがすぐさま痺れは抜けていく。

「痛かったかい?」
「いや、びっくりはしたけど」


けど―伝わってきたのは痛みではなかった。


それはむず痒いような、形容しがたい感覚だった。
覚えはあるがあまりにも些細な物。決して不快な感覚ではないが断定できるものでもない。
もう強烈な一撃を食らえばわかるのかもしれないが。

「…あっはぁ」

オレの一言が可笑しかったのからいなさんは小さく笑った。

「あたしの隣にいる時点で結構度胸があるって思ってたけど……ただ単に気が抜けてるだけなのかもねぇ」
「何それ褒めてんの?」
「褒めてるよ、とびきりねぇ」

獣の様な獰猛さ。
雷のような荒々しさ。
おおよそこの国の女性とは思えないほど大っぴらで、だけどもだからこそ付き合いやすい砕けた雰囲気。
ただどこか獲物を狙う視線はぞくりとするが、それを除いても彼女は十分魅力的な女性だった。

「……っと。それじゃあ、あたしはそろそろお暇するよ」

既に外は雨が上がりかけ、雲の間から日が差し込んでいる。あと数十分もしたら雨脚も遠のくことだろう。
もう少しこの空気を楽しみたかったが仕方ない。天気なんて気ままなもの。オレ一人の我儘なんて聞いちゃくれない。らいなさんにとってもまた同じこと。

「もう少し降ってくれててもいいんだけどねぇ。昔みたいに龍神がいた頃にゃ沢山ふってたんだけどねぇ」
「まぁ、こればかりは仕方ないでしょ
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