この世界において人間というのはあまりにも劣っている。
事実を見抜くための目はなく、逆に偽りに長けた妖怪が沢山いる。
物事の奥や陰を知る術はなく、逆に化かされ騙される。
事実は見えず。
偽りは見抜けず。
嘘は暴けず。
真はわからず。
何が言いたいかというと―やっぱり人間にはできないことが多すぎるということだ。
だから今日も今日とてオレこと黒崎ゆうたは―
「―あの、ゆうたさん?最近眠れているのですか?」
「はぇ?」
突然かけられた声にオレは顔を上げ隣の女性を見た。
薄紫色の着物を着こんだ長い金髪。おっとりとした目尻に艶やかな唇と滑らかな肌。整った顔立ちは人には出せない蠱惑的な魅力を備えていた。二つの瞳は心配そうにこちらを覗き込んでくる。
時折揺れる頭の上の二つの耳。髪と同じ色をした三角形のそれは可愛らしくぴくぴく動く。同じように背後では九本生えた尻尾が揺れ、そのうち数本がオレの体に纏わりついてくる。
人にはない狐の耳と、見惚れてしまう美女の顔。それから着物でも隠せない大きな膨らみと滲みだした甘えたくなる母性に隠しきれない格上の存在感。
それがこのジパングという国の、ある町の山の神社に住まう稲荷―いづなさんだった。
「あっっと…大丈夫ですか」
「あ、ぁすいません。しかし、いきなりなぜ?」
倒れかけた体を細腕に支えられる。だがするりと水が抜け落ちるように体がよその方へと揺れ動く。再び倒れかけたところを今度はふわふわと柔らかな尻尾に巻きつかれ引っ張られた。
「目の下にすごい隈がありますよ。何か困りごとでもあるのですか?」
「こま、りごと……こまりごと………あ、困りごと、ですか」
いづなさんの言葉を繰り返してようやく意味を理解する。
意識が揺らぐ。視界が霞む。瞼が重く思考が回らない。たった一言すら理解できないほどに集中力は乱れていた。
そして彼女の言うとおり困り事があった。
「ちょっとですけど、まぁ……平気ですよ」
「全然平気に見えませんよ」
だからと言って相談するつもりはなかった。
この程度どうにかすればオレ一人で解決できると思っているし、何より彼女に心配を掛けたくない。多少我慢すればすぐに終わる様な事だし命に係わる程危なくもないのだから。
だが、いづなさんの指先がオレの顎に添えられた。優しく頬をなぞって瞳を覗きこんでくる。そんな些細な仕草がいつもは嬉しいのだが今は眠りへ引きずり込む柔らかな刺激でしかない。
「んぅ」
「あ、ゆうたさんったら」
瞼が落ちかけ下唇を噛み締める。痛い。だがそんなのは一時的なものにしかならなかった。
いつものように縁側で並んで座っている。柔らかな日差しと心地よい声。時折擽ってくる狐の尻尾を抱きしめながらのほほんとしているとどうしても眠くなってくるのだから仕方ない。
「ね、むい、です……」
「もう、それならそうと言ってくださいよ。どうぞ、こちらへ」
奥の部屋へと移動していづなさんは体と共に尻尾を横たえた。
五本を布団に、四本を掛け布団に。そして隣に寄り添ってくれる絶世の美女。これ以上の贅沢はない寝具の完成だ。
初めてではないので遠慮せずにその中へと体を転がす。途端に感じるふわりとした柔らかな感触に体の力が抜けていく。
ぐしぐしと顔を擦りつけて抱きしめる。くすぐったいのかいづなさんが小さく声を漏らした。
ああ、なんと心地良いことか。手触り感触は最高の尻尾に包まれ隣では優しく見守ってくれるいづなさんがいる。柔らかな掌が頭を撫でてオレはされるがままに目を細めた。
「話してくれないのなら仕方ありませんが、それでも困っているならこちらだって助けられるかもしれません。だから、もっと頼っていいんですよ?」
「んー…」
「ふふ、眠くてそれどころではありませんでしたね。それじゃあおやすみなさい。ゆうたさん」
「んん……おやすみなさ、い……」
言い切る前に瞼が閉じる。金色の尻尾に意識が溶け込むように沈んでいき、そして気づかぬうちに眠りへと落ちて行った。
正直困り事はあった。というのも街から離れた山にある自宅の神社のことだ。
同心として勤める詰所への距離が長すぎるとか、山頂に至るまでの石段が長いとかそんなちゃちなものではない。
「……あー…もうまったく」
いづなさんの家から自宅へ戻り今日の分の掃除をしようとした矢先の事。庭先に出しておいたちりとりが飛んでいた。まるで空を舞う蝶の如く。二つももってないのだが翅の様にパタパタと飛んでいた。
片付けようと手を伸ばすがするりと逃げていく。一気に距離を詰めて掴み取ると柄の部分が折れ曲がり殴りかかってくる。寸前のところで手を離して距離を取るとそのままどこかへ消えて行った。
またか、と大きくため息をついた。
ここ最近こんな
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