熱い日差しに、休息を

「…………は、ぁ」

獲物を追う足は遅く、木の枝を跳ねる力も抜ける。わざわざ地面を歩きながら私は突き刺さる日光を背に受けて歩いていた。
森の中とはいえ所々光が差し込む。春先や秋には心地いいが夏の日差しは殺人的だ。照らされた鎌が熱を帯び、肌には汗が浮かんでくる。べたべたと気持ちが悪く額に張り付く髪の毛が鬱陶しい。

夏は嫌いだ。

木々がざわめき風が頬を撫でる。しかし、生暖かいだけのそれは不快でしかない。

水が欲しい。

私の住処である洞窟付近には水源はない。雨で付近の窪みに水を溜め、飲む。それがいつものことだった。
だが、この季節になってから数日間雨はない。朝露で渇きを凌ぐのも限界だ。水が欲しくて欲しくて堪らない。特にこの火照った体を早急に冷やして汗を流したい。
いつもは一切乱れない呼吸もうるさいくらいに響いてく。舌はだらりと垂れるが湿り気はもうとっくにない。時折唇にまで垂れる汗を舐めてみるがしょっぱいだけで潤いはしなかった。

「…っ………っ………」

一歩一歩ゆっくりと進む。
いつもなら木々の上を軽やかに進むのだがそんなに動けばさらに暑くなる。獣を狩る気力どころかただの移動ですら億劫になる程今の気温は高い。

「……………っ」

緑の葉が舞いながら木々が歪み回転する。気づけば頬に固い感触が伝わり手足の感覚が失せていく。何が起きたのか、疑問に思う余裕は逆上せた頭にはない。結局自分が倒れたことに気付かぬまま私は意識を失ったのだった。










「っ……」
「あ、起きた?」

突然耳に届いたのは低い声。獣の唸り声ではない言葉として形になった人間のものだった。
ゆっくりと瞼を開く。するとこちらを覗き込む、吸い込まれそうなほど暗い色の瞳と目があった。

「……?」

人間だ。
まくり上げた白い服に汗を浮かべた肌、そして黒くて癖のある髪の毛。どこからどう見ても一人の人間の姿だ。
後頭部に感じる土ではない柔らかさ。程よく固く、温かいそれは人間の体の一部だろうか。
どうやら私はこの人間に寝かされているらしい。

「ほら」

ゆっくりと起き上がる私へ差し出されたのは銀色の金属質な筒だった。
恐る恐る掴み取るが熱くもないし冷たくもない。ただ固く、中で何かが揺れ動いている。液体………水、だろうか。

「倒れてたんだから水取らなきゃ本当に危ないよ」
「…」

ああ、そうだ。私は水源を求め歩いている最中、あまりの熱さに倒れたんだったか。
思い出した途端喉を掻きむしりたいほどの渇きを思い出す。

「っ」
「ちょっと!あんまり急いで飲むとむせるよ」

人間の言葉など意識の外。すぐさま筒を傾けると水が止め処なく流れ頬や髪を濡らしていく。火照った肌から熱を奪い、唇を濡らして喉の奥へと流れ込んだ。
渇きが引き体の芯が潤っていく。呼吸を忘れて一心に飲み欲し、気づけば筒の中身は半分以上私の中へと消え失せた。

「…っは」

生き返った、とうのはこういうことを言うのだろう。荒くなった呼吸を整え肌を濡らした水を拭う。
喉の渇きは十分潤った。だが、一度程度では満足しない。再び筒を傾け中身を飲み込む。

「……っ」

しかし、改めて飲むと奇妙な味がした。
甘くて、だけどもしょっぱくて。飲めないものではないが二度目を口にするのは憚る味。腐りかけの果実よりはマシな味だが美味しいとは思えない。

「飲んどきなよ。手は冷たかったし舌もざらついてた。脱水症状かもしれないよ」

どうやら人間はこれをさらに私に飲ませたいらしい。
正直なところ気は進まない。だが、水源のないこのあたりでようやく手に入れた飲み水だ。選り好みをして再び死にかけてはたまったものではない。
私は再びそれを傾けた。

「…」

やはり、あまりいいものではない。
中身を見るがただの水にしか見えない。揺らしてみるもかなりの量を私が飲み干してしまった。喉の渇きは癒せたが改めて味わうと何とも好めそうにない。
ふと人間を見るとくつくつと笑っていた。

「あんまし顔に出てないけど相当嫌みたいだね。そりゃただの塩とただの砂糖の経口補水液なんて美味しいわけないか」

なんのことだかわからないがどうやらこの水はこの人間が作ったものらしい。
伊達と酔狂で作った、というわけではないだろう。この暑い季節にまずい水を持ち歩くはずもない。ならこれは生きる上で欠かせぬ貴重なものだと考えられる。
全てを飲み欲しその筒を人間へと放り投げた。

「っと……うわ、全部飲んじゃったか」

逆さにするが一滴も水は落ちてこない。全て私が飲み込んだのだから当然だ。
人心地ついた私は改めて水を持っていた人間を見据える。

「…ん?何?」
「…」

人間がいる。
人間が水を持っていた。
それもこんな森の中で一人でいたのにもかかわらず、だ。

「…」

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