甘さと貴方とオレと苦味

「………ぅわっ」

それは学校帰りの通学路の途中の事だった。若干冷たい風を切りながら紫色へと変わる空の下を自転車で駆けていた、ある時の事だった。
ぞくりと、首筋に冷たい何かが伝っていく。水が滴ったわけでも雨が降ったわけでもない。
ただ、そう感じただけだ。
まるで後ろから手を伸ばして濡れた指先で突かれるような不快な感覚。実際には起きていないのに背筋が嫌に震えあがる。
ふと後ろを振り返る。しかし、広がっているのはいつも通りの帰り道。既に日の暮れた暗い夜道には誰もいない。
だが、感じる。
見られている、というよりももっと悪質な気配を。
追われている、というよりもずっと陰湿な感情を。



それを意識し始めたのは数か月ほど前の事だった。



いつものように自転車での帰り道、一人でただぶらつくように通学路を走ってるとどこからともなく纏わりつく気配を感じた。
気のせいにするにはあまりにも執念深く追ってくる。このまま帰ってもいいだろう。だが、追われ続けて家まで来られては厄介だ。
だから今日もまた逃げるようにトンネルへと逃げ込んだ。

「っ…!」

そこまで長くない、路線下のトンネル内の真ん中あたり。車輪の音とは明らかに違う音に思わず止まってしまう。
まるで何かを擦りつけるような音。いや、引きずっているのかもしれない。トンネル内で反響し耳に届く嫌な音。道路と擦れる耳障りなそれは確実に距離を詰めて近づいている。

「ぁあ、もう…」

オレンジ色のナトリウムランプが照らすトンネル内を突っ切れば先にあるのは夜の闇。照らしてくれるのは自転車の小さな明かりのみだがここよりもずっとましだろう。
そしていつものように本気で自転車を漕ぎ始める。ここから一気に距離をあけてまかればどこまでもついてくるのだから。
トンネルを抜け右へ曲がる。さらに右へ、今度は左へまた右へ。ついて来てるか確認する暇もなく住宅街へ突っ込んで細かな角ばかり回って―止まった。

「っ」

目の前にあるのはとある家。周りとは違う独特な煉瓦壁と赤い屋根。御洒落を通り越して異質さすら漂う、入りがたさすら感じてしまう建物。ぶら下がった看板は細いロープを手繰ったようなデザインで揺れる文字は異国の言葉か読めそうにない。
自転車を店の死角へ置き籠からバッグを取るとすぐさまドアをあげて体を滑り込ませる。ガラス戸から見えないようにと物陰に隠れ息を殺した。

「……」

ドアをわずかに開き外の音を聞く。あの気配は、あの引きずる様な音はまだ追ってくるのか。

「…っ」

物音建てずに気配を探る。車のエンジン音も人の気配も感じない夜の田舎道だ。住宅街とはいえ外で遊ぶ子供も、帰路につく大人もいない。誰かが追いかけてこようものなら嫌でも気づく。
さぁ、どうだ―

「いらっしゃいませ」
「―わっ!」

突然かけられた鈴を鳴らすような声にみっともなく跳ねた。慌ててそちらを振り向くと先ほどはいなかった女性がこちらに視線を向けている。

「ヴェペラさん…」

見知った姿にオレは安堵しため息をついた。
部屋の明かりの下へ出てきたのは金色の長髪をした女性だった。鼻が高く、大きく開いた目はただオレを捕らえ、優しそうに薄紅色の唇が笑っている。染みも傷もない真っ白な頬は眩しく、また艶やかで美しい。日本人ではない顔立ちでも十分美人だとわかる程彼女の容姿は整っていた。
カウンター越しに見えるその体もまた同じ。オレンジ色のセーターに身を包んでいるがざっくり開いた胸元からは魅惑的な渓谷が覗いている。二つの膨らみは小ぶりな西瓜と言える大きさだが太っているわけではなく腹部は括れている。全貌を見たことはないがカウンターに隠れた体もさぞ整っていることだろう。
どこか妖しくミステリアスな雰囲気の外国人。それがこの店を経営するヴェペラさんだった。

「また、かしら?」
「ええ、まぁ…」

ヴェペラさんの心配にオレは困ったように肩をすくめた。
これでもう何度目だろうか。
こんなことが始まってすぐにオレはこの店に逃げ込み続けていた。ヴェペラさん曰く、店の外装のせいか訪れる人がいないから来てくれるだけありがたいとのことらしい。そんな彼女の厚意に甘え、気づけばもうかなり通っていた。

「そんなところに突っ立ってちゃ気づかれちゃうわよ?こっちにいらっしゃいな」
「…ですね」

そう何度も世話になっているのに何も飲んでいかないというのは失礼だろう。高校男児には手痛い出費だが彼女の淹れてくれるコーヒーにはお金を払うだけの価値はある。
故に今日もオレはカウンター席に座りお礼を兼ねて注文する。

「それじゃあ今日は甘いものがいいかな。ウインナーコーヒーで」
「かしこまりました」




「はい、どうぞ」

渡されたのはハートの形をしたカップだった。生クリームの上に散らさ
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