吹き付ける風は温かく、花びらを乗せて吹き付ける。差し込む日差しは柔らかく、照らされた肌は熱を帯びていく。縁側に転がれば心地よい日和の下で瞼も自然と重くなる、そんな春の最中の事だった。
「風邪だな」
「…ですか」
こんなにも温かな陽気だというのに体を震わせ厚着をしたオレこと黒崎ゆうたは目の前で座るカラス天狗の先輩の言葉にため息をついた。
「異常な体温、視線の定まらない目、ふらつく足取りに普段と違う声。咳はないものの…これでは医者に診せるまでもないな」
「…………ですか」
「大方季節の変わり目で気を緩めたとかそんなものだろう。流石に風邪では同心として働けるはずもない。しばらく休んでいろ」
「ですが…」
「ですが、なんだ?」
オレの言葉に先輩はぎらりと睨みつけてくる。切れ長の瞳と凛とした雰囲気は剣呑なものとなりこの場にいるたった一人の人間に注がれた。
一切の抵抗を許さない。自分の言葉に従わせ、抑え付けるかのような声に口が閉じる。実際のところ先輩がオレを心配しての事ならおとなしく従うべきなのだが。
「同心は常に危険と隣り合わせだ。お前の場合は相手が相手だし、傷を負うことだってあったはずだ。体調不良の時にこの前みたいなことになれば大怪我どころでは済まないぞ」
「……………ですか」
既に治った頬を翼がなぞる。今は跡すらないがそこは確かに傷があった場所だ。
「ただでさえ同心として働いているんだ。こういう時こそ休まなければ体を壊すぞ」
「…ならせめてお茶でも出しますよ」
「お前私の話聞いていたか」
「先輩、踏んでる」
布団の上で眠るオレの腹部へ足を乗せる先輩。空を飛ぶからか大したことない重みでもこの体調では振り払うことも難しい。
オレに動く意思がないことがわかるとようやく先輩は足を離し目の前に翼を突き付けてきた。
「だが、ゆうた。お前は一人暮らしだ。しかも都合の悪いことにここは人里離れた山頂でもある。そんなところで悪化でもしたら大変だろう?」
「別にその時は先輩に連絡入れますから」
「私とていつも暇ではない。今日もこの後は仕事だ」
「それはそれは、お疲れ様です」
「うむ。でだ。お前も一人では辛かろうと思ってな、人を呼んでおいた。来てくれ」
襖の向こう側へと声を掛けると既に待っていたのか開けられる。そこから出てきたのは一人の女性だった。
雪のように煌めく白銀の長髪を靡かせた青と白の着物を着こんだ彼女。氷のように薄青い肌は明らかに人のそれではない。着物という体の線のわかりにくい服でも隠せない豊満な胸に艶めかしい臀部。人の色ではなくもきめの細かく滑らかな肌。青い瞳は優しげな雰囲気を纏ってオレを見つめている。
その姿には見覚えがあった。
「こゆき…さん?」
「どうもです、ゆうたさん。お体の方は大丈夫ですか?」
同心としての巡回中に何度も顔を合わせた女性。他人以上、友人並みとでも言うべきか、密な関わりはないが浅い付き合いでもない。
勿論先輩のように人ではない妖怪という存在。それも、日本でもおなじみの『雪女』だ。
こゆきさんはオレの傍に正座をすると隣にいた先輩が腰を上げた。
「それでは私は仕事に戻るとしよう。あぁ、ゆうた、変に無茶するんじゃないぞ。その時はこゆきに氷漬けにしてもらうように言っておいたからな」
「んな馬鹿なことする」
頬を撫でる、異常なほどに冷たい風に言葉が止まった。ここは室内で、窓も開いてはいない。しかも今の季節、これほどの冷気はありえない。
視線を隣へと移す。雪女とは思えない温かな笑みを浮かべているのだが袖で隠した口元から白い煙が漂っている。
「いいえ、ゆうたさんが無茶ばかりするなら私も止めますよ。それこそ氷漬けにしてでも」
「……それは流石に勘弁願います」
本気だった。
優しそうな雰囲気からは想像でいないほど芯のある強い意志。清楚ではあるものの自分を貫くその姿勢…これがジパングの淑女というやつか。
「ゆうたさん、ご飯はどうしました?」
「食べましたよ。ちゃんと」
戸棚の奥にしまっておいた饅頭を二個ほど、それから井戸水を大量に。元龍神の神社というだけあって水には困らない。ただ、糖分は風邪を悪化させると聞いたが何も食べないよりかはいいだろう。
すると呆れた顔をして先輩がオレを見下ろしてきた。
「それは私がやった饅頭か?」
「……………よくお分かりで。先輩が一昨日くれたものですよ」
「本当にお前はどこまでも呆れた男だ。こゆき、後は頼むぞ。」
「はい、精一杯看病させてもらいますからね、ゆうたさん」
言うことだけ言って先輩は襖を閉じて出て行ってしまった。そして残されたのはオレと、こゆきさんの二人だけである。
「それじゃあまずは…ちゃんとしたご飯作りますから食べてくださいね」
「いえ、でも饅頭食べましたし
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