空虚な笑みに、幸せを

「貴方の笑みはとても冷たい」

それが、彼と初めて出会った時に言った私の言葉だった。

「優しそうな顔をして、仮面みたいに無機質で、中身のない笑み」

冷たい夜風を身に感じ、月明かりに照らされるその姿。月が雲に隠れればそのまま闇に溶け込みそうな黒一色の服や髪の毛はこの大陸には珍しいジパング人の特徴だった。

「無理して笑ってる。嘘吐きの笑み」

何よりも特徴的なその瞳。夜よりもずっと濃い、夜空の果てをはめ込んだ闇色の瞳。
それは優しげに向けられているが感情を宿していない。まるでどこかに落としてきたのかとても寂しく冷たいもの。人が自分を誤魔化す時に浮かべる上っ面だけの表情だ。

「貴方は幸せになるべき」

それは人が浮かべていい笑みではない。
素直になれない人間でももっとマシに笑う。
まるで人形のような笑みだった。
すれ違いあう人間ならもっと切なく笑う。

彼は何かを落としてきている。

初めて見てもよくわかる。
彼には何か大切なものが欠けている。抱いた心が乾いている。
冷たく凍え、寂しく震え、悲しく縮まり、切なく泣いている。



――だから、幸せになるべき。



「あっはっは」

しかし彼は笑う。とても軽く、浮かべた笑みと相まってとても楽しそうな姿で。
私はそこまで面白いことを言った覚えはない。笑うところなど一切ないはずだ。
それでも彼は笑う。

「初対面の相手にそんなこと言われるとは思わなかったなぁ…」

ベランダの手摺に腰を掛けて両足をぶらつかせる。後ろに壁はなく遥か下に固い地面があるというのに恐れはない。落ちれば一たまりもない高さだというのに。

「じゃ、教えて欲しいんだけどさ」

にっこりと笑う表情は先ほどと一切変わらない。やはり仮面のような笑みで、自分を誤魔化す笑い方で彼は言った。



「『オレ』にとっての幸せがなんだかわかるの?」



向けられた闇色の瞳が冷たく光る。紡がれたのは浮かべた笑みからは想像できないほど冷たい言葉だった。








「…あ」

街中で並んで歩く一組の男女を見つけた。どちらもお互い人間で、だけども正直になれないのか付かず離れずの距離を保っている。男性が手を伸ばすがその手は女性の手を掴まず、力なく戻っていく。
傍から見れば何とももどかしい。女性の方も拒むような雰囲気は見られない。あと一歩。きっかけとなるものが必要なだけだ。
そういう人たちに向かって私は矢を射る。愛情を注ぐ『黄金』の矢を。

「――…っ」

それは一瞬の出来事。放った『黄金』の矢は男性の背中に吸い込まれ、僅かな衝撃と共に消え去った。誰の目に留まることもなく、射抜いた跡も残ることなく。
するとしばらくして先ほどのいじいじした雰囲気はどこへやら、二人の間には微笑ましい甘い空気が漂い始める。楽しげに会話をしてはちょっとしたことで悦び、その頬を朱に染めて。
それを見て私は満足げに頷いた。
これこそが私のやるべきこと。男性と女性に枯れることなき不滅の愛を、朽ちることない終わらぬ幸福をもたらす存在。
それがキューピッドである私の使命。

「…よし」

二人の後ろ姿を確認して私は王国の上空へ飛び上がった。



ディユシエロ王国



数ある反魔物国の一つ。規模は大きく、退魔の力を宿した王族により治められている国だ。特徴的なのは王国を代表する勇者が四人いるということ。また、積極的に外界から人間を召喚しては鍛え上げ、その結果一軍にも匹敵する恐ろしい勇者になる。実際にもそうして勇者になった女性嫌いの方がいると聞いた。
しかし、反魔物国だろうが私には大して関係もない。天使として崇められる私達にとってどこへ行こうと差別もなにもない。
だから今日もまたこうして空を飛び、新しい恋人たちを生み幸せをもたらすために矢を定める。矢筒から一本抜き取り弦を引いて――――思い出す。

「…」

『黄金』と対なす黒い『鉛』の矢。
愛情を枯渇させ、周りの好意を、愛を求めずにはいられない私の矢。それを今真っ先に射抜かなければいけない相手が一人、いた。
王宮へと目を向ける。この王国の豊かさを象徴する大きく厳粛な雰囲気のそれの、あるベランダへ。様子を伺いしばらく見続けるが誰も出てこようとしない。
部屋の主は外に出てくるつもりはないのか、それとも仕事の最中なのか。

「…行こ」

自分に言い聞かせるように短く言葉にするとベランダへ向かって飛んでいく。数分で到達し足をつけ、やや大きなガラス張りのドアに手を掛けると抵抗なく引ける。換気でもしていたのか鍵はかかっていなかった。

「……あ、やぁ。ヴェロス」

開いた先にいたのは一人の男性。座っていた椅子から立ち上がり親しげに彼は―――黒崎ユウタは手を挙げた。
街中で見かけた人とは違う黒髪と、珍しい黒一色の服。そして夜をは
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