「あら、お醤油が」
「え?」
辺りを田畑に埋め尽くされ、山々に囲まれた父親の実家である田舎の一軒家、台所にて。
丁度連休に重なり帰省したオレこと黒崎ゆうたの隣で透き通った紫色の長髪を揺らしながら割烹着に身を包んだ女性―龍姫姉は気づいたようにあるものを取り出した。
「切れてしまいました」
手にした瓶を揺らすが中は何もなくなっていた。醤油の入っていた瓶だがどうやら先ほど注いだのが最後だったらしい。
「困りましたね、これでは夕飯が作れません」
「醤油以外のものを使うのは?ポン酢とか」
「今作ってるもので醤油以外だと文句を付けられそうですから」
「…あぁ」
先背の手元を見て納得する。そこにあったのはふっくらとした数枚の油揚げだ。
この家の暮らすある人の大好物。それを手抜きで作っては何を言われるかわからない。優しい性格だが大好物を手抜きで作られるなんて怒らないはずがない。食の恨みは男女どころか人間も超えるのだから。
「なんじゃ、どうかしたのか?」
困っていると台所に入ってきたのは長い狐色の髪の毛をした女性―龍姫姉と同じオレと双子の姉であるあやかの世話をしてくれた玉藻姐だった。大きく実った胸を強調する様に乱した着物姿は男ならば誰もが目を奪われる姿だろう。少し酔っているのか頬は朱に染まり色っぽさをさらに強調している。片手に空になった酒瓶を掴んでいることから新しい酒でも探しに来たのだろうか。
「醤油がきれてしまいまして」
「別に醤油がなくとも料理はできるじゃろうて。別のもの一品加えればよかろう」
「でも今作っているのは油揚げ料理ですよ」
「む」
玉藻姐が眉をひそめた。
彼女の大好物である油揚げ。いつもは先生が作り、時々は玉藻姐が作るがこの家庭では三食必ず一品は入ってくるものだ。
「他の調味料も切れますし、そろそろ買いに行った方がいいですね。玉藻、ちょっと買ってきますからお料理見ていてもらえますか?」
「まぁ、待て龍姫。ぬしが出向いたところで無駄なもの買わされて帰ってくるだけじゃろうが。それなら儂が行った方がいい」
「あら、無駄なものなど買った覚えはありませんよ」
「なら押入れに入れたものはなんじゃ?」
「あれは…いつか使おうと思いまして」
「そういうものほど使わんじゃろうが。無駄なもん買いおって」
玉藻姐が言っているのは押入の奥にしまってあるよくわからない健康器具だろうか。テレビ通販でやっているようなのとはまた違う、言葉で表せないそれは日の光に晒されることなく押入の肥やしとなっている。たぶんこれから出てくることはないだろう。
「じゃから儂が行ってくる」
「ですが玉藻、貴方にとってあの人は」
「反吐がでるほど嫌いじゃよ。じゃが変なもん買わされるよりかはましじゃろうて」
玉藻姐がここまで毛嫌いする人はまずいない。せいぜい根性の曲がった輩ぐらいだがこんな山奥の田舎、人付き合いが少ない場所で他人を嫌うというのは珍しい。ご近所つきあいが少ない分そういうのは結構大切なはずである。
だが、まぁ…玉藻姐にとっては苦手というか生理的に無理なのかもしれない。いや…生物的と言うべきか。
「あぁ、ゆうた。ぬしも共に来とくれ」
「ん、わかった」
かき混ぜていた鍋の日を消しエプロンを畳む。自室に行って財布をとってくると寝ころんでいた双子の姉、我が麗しの暴君こと黒崎あやかを見つけた。
「買い物行ってくるけど何か欲しいもんある?」
「んー?どこ行くの?」
「おみつ姐のとこ」
「…あ、そう。なら駄菓子でも買ってきてよ」
ごろごろと畳の上で寝転びながら手元の携帯電話を見つめてそういった。その姿は自宅となんらかわらない。実際のところ幼少の頃はここで育ったから自宅となんら変わらない。だからと言って手伝いもせずごろごろ…流石は暴君、相手が年上だろうが世話になった相手だろうがお構いなしだ。
「…てい」
蹴られた。
足の痛みに耐えつつ玄関で靴をはき、玉藻姐と並ぶ。彼女の手には先生に貰ったのかメモを手渡され、横開きのドアを開けた。
「行ってくるわ」
「行ってきます」
父親の実家である山中にある一軒家。それは大きなものでありうちの家族と玉藻姐達と暮らしても有り余るほどの広さを誇る。その裏にはこれまた大きな田畑が広がりそこで米や野菜の栽培をしている。つまるところこの家はほとんど自給自足でまかなっていたりする。それは普段の食事だけではなく玉藻姐の飲む酒もまた作っているという事だ。
だからといって全てを賄えるわけもなく、時々こうして買い出しにでる。いつもは玉藻姐と先生、時にはオレも連れられて調味料などを買いにいくわけだ。
山から下りて数十分。かなりの距離を歩いた先に目的地はあった。周りは田畑に囲まれ等感覚に突き刺さった電柱が虚しさを醸
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