「998!999!1000!」
それは元々龍神の住んでいた神社でのこと。木々の生える山の方へと足を進めて辿り着く森の中。とある大木の前で拳を突き出す少女が一人立っていた。千回目の拳を木の幹に叩き込むと肩を上下させながらオレこと黒崎ゆうたの方へと向き直る。
「師匠!終わりました」
「ん」
声に応じて向き直るとその先にいるのは一人の少女。オレよりも頭一つ以上小さな体に幼さの残った顔からして歳は中学生辺りだろう。ただし、ただの少女ではない。
真っ赤なチャイナドレスに桃色の髪の毛。そして何よりも目につくのは両手足についた燃え上る炎―――のような体毛だろう。
『火鼠』
それはこのジパングとは違う大陸からやってきた妖怪らしい。まるで燃え上る炎のような体毛を生やし、鼠の耳と尻尾を伸ばした小柄な少女。竹取物語でかぐや姫が出した条件のうち一つ、決して燃えない火鼠の皮衣と同じ性質を持つというが、その分感情も性格も炎の如く熱いだとか。
そんな火鼠の少女、シャンヤオ相手にオレは空手の基礎を叩き込んでいた。というのも原因は数か月前の事。同心の先輩がどこからか拾ってきたシャンヤオをオレに押し付けたからである。
『ジパングに強い者を探してきたらしいぞ。言うだけあって悪くない逸材だ。だがまだ少し荒い所もある。それに精神面はまだまだ年相応の子供だな。どうにかできるか?』
『いや、どうにかって……同じ妖怪同士ならカラス天狗の先輩の方がいいんじゃ?』
『私には振るう拳はないからな。それに荒い所があると言っただろう?大海を知らない蛙…いや、巣穴しか知らない鼠とでも言うところか。外敵の恐ろしさを全く知らん。ここらで少し、猫の怖さを叩き込んでやれ』
『猫って……』
とのことである。
確かにシャンヤオは元々素質は有ったし、何より十分強かった。故にか最初に会った時はふんぞり返っていたし、オレが戦えると知ったら何度も戦いを申し込んできた。
『聞いたぞ!お前戦えるんだってな!』
『お前て…年上の相手に対して礼儀がなってないぞ』
『礼儀なんて気にしたところで強くなるわけじゃない。それよりもお前、あたしと勝負しろ!』
『勝負勝負ってうるさい子供だな。口調も女の子らしくなくて汚いし。こっちはおやつの団子食べてるんだよ、少し静かにしてくれる?』
『おやつがなんだ!そんなもん食べなくたって戦えるだろうが!』
『…先輩、どうにかなりません?』
『諦めろ』
『そんなこと言わずにどうにか』
『諦めろ』
『…ちなみに先輩の食べてるそれオレの団子なんですが』
『諦めろ』
『……ああもう、まったく』
その後先輩を立会人にして戦ったのだがその実力はまだまだ世界の広さを知らない粋がる子供。大海を知らない蛙である。リーチの差をも考えず大技を繰り返し、当たれば気分がいいというだけの戦法。それはもう幼いというか、経験があまりにも少なすぎていた。
「次は何をしますか?組手ですか!相対稽古ですか!?対人稽古ですか!?」
そんな少女でも数か月すれば大分丸くなった方だろう。依然として勝負ごとに積極的な面は変わらないのだが。
「全部同じじゃん。それに今日はいくつか型やって休む日だろ。あんまり稽古稽古やって無理してたら体壊すぞ」
「え〜…」
「嫌そうな顔すんな。返事」
「…はい、師匠!」
「…」
今までオレは師匠、シャンヤオは弟子という立場。そんな関係となったおかげか以前に比べその性格も大分柔らかなものとなっていた。
だが師匠と呼ばれるのは未だにくすぐったい。正直なところオレの実力もオレの師匠からしたらまだまだ未熟者。人に教えるなんておこがましい。それに、悪いものでもないなんて思ってしまうあたりオレはまだまだ師匠としての器ではないのだろう。
うっすらと浮かんだ笑みを自覚し、オレはシャンヤオの頭を撫でた。
「まったく仕方ないな…明日は組手の稽古するぞ。当然突き、型もやってからな」
「はいっ!!」
これだけでも嬉しそうな顔をする。なんだかんだで彼女は見た目相応に中身は幼いのだろう。何とも微笑ましいことだ。
「…」
スキップをしながら移動するシャンヤオを眺めてふと考えてしまう。彼女と共に稽古をして既に数か月。精神面も肉体面もどこへ出しても恥ずかしくないぐらいの実力と礼節を弁えている。その分何度泣かせることになったかは覚えていないが。
だが、それくらいならば…もう十分だろう。
「師匠!絶対ですからね!」
「わかってるって」
まるで欲しいものを買ってもらえる前日の子供の如く。シャンヤオは遠く離れた位置でも大声でオレを呼ぶ。
そんな姿にどことない愛らしさとわずかな寂しさを感じながらオレもまた足を進めるのだった。
そして次の日。型、突きの稽古を終えたオ
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