「すぅ……はぁ………」
オアシス内にただ一人、オレこと黒崎ユウタは今晩も鍛錬に励んでいた。
静かな呼吸とゆったりとした動き。些細な動作であっても使う体力はかなりのもの。息が上がらぬように、それでも決して気を抜かぬように。頭から、体から、腕へ、肘へ、指先へ。足へ、膝へ、つま先へと意識を行き渡らせていく。
もう何度も繰り返した動き。それを何度も何度も繰り返し、何度も何度も注ぎ済ませていく。地道で面白みに欠ける単純な行為であってもだ。
「………………はぁ〜」
最後に大きく息を吐き出し、今日の分を終える。額に浮かんだ汗を拭って上着を畳んだ場所にあるタオルを掴んだ。
「…うぉ」
だが気づけばかなりの量の汗をかいている。これなら一度水浴びでもした方がいいだろう。そう思ってオアシス内の湖へと足を進めた。
誰もいない静かな夜は草を踏む音だけが響き渡る。静かな湖面に波はなく、夜空を鏡のように映しだしていた。
そこへ屈みこみ、両手で水を掬い上げる。そのまま顔に打ち付けて、それを何度も繰り返す。髪の毛から滴り落ちた水を拭おうとしたその時。
「ばぁ」
「わちゃああああっ!?」
突然顔を寄せていた水面から飛び出てきた顔に思い切り驚いて後方へと飛んだ。二度三度草の上に体を打ち付けながら体勢を立て直し、すぐさま迎え撃とうと拳を握る。そして改めて見やると視線の際にいたのはくすくすと笑う一人の女性だった。
「うふふ♪ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて」
「クヴェレ……ああ、もう。突然出てくるのやめてくれない!?」
笑っていたのは冷える砂漠の夜には相応しくないほど肌の露出の多い一人の女性。アヌビスである先輩たちと同じ褐色肌。たわわに実った二つの膨らみや腰の括れ、長く伸びた足や太腿が眩しく、それを包むのは黄金の装飾、ハートの鎖に水着ともいえないあまりにも布面積の少なすぎる服。湖面の如く揺蕩う水色の長髪に、青い瞳。そして、薄く透けた白色の液体を纏う腕に、人間とはことなる耳の形。
彼女はアプサラス。性愛を担う踊り子で、水の精霊だ。
「いったい何?シャントゥールは今日はいないけど?」
「別にいつも彼女が目当てというわけではありませんよ」
ガンダルヴァのシャントゥール。それは音楽をこよなく愛し、楽器片手に空を飛びまわる魔物の一人。踊り子であるクヴェレとは仲が良く、時折二人して楽しそうに踊っているという。
だがそうではないらしい。クヴェレはオレの方へと歩いてくると青色の瞳で顔を覗き込んできた。
「気持ちよさそうに舞っていたから私も共に踊ろうかと思いまして」
「…武術ね、武術。舞じゃないからね」
「あれだけ優雅に舞っていれば誰も武術とは思いませんよ」
「シャントゥールも先輩にもよく言われるよ」
「それだけ素敵だということです。素直に褒め言葉として受け取らないのですか?」
「複雑なんだよ。元々は人を殴り倒すための技術だし」
置いてあったタオルを手にし、濡れた顔を拭いながら言う。
「クヴェレがやってるのとは全く違うんだよ。クヴェレは人に魅せるために踊ってる。でもオレのやってることはあくまで武術。戦うためにやってるんだから」
いくら美しかろうが褒められようが、結局のところ相手を殴りつけるための力であることに変わりない。人を傷付けるための技術と人に魅せる技術とでは全く違う。確かにオレも師匠が手本を見せた時は同じことを思ったがそれでも突き詰めればただの暴力である。
「そうなんですか?」
「そうなの」
先ほどの鍛錬で多少疲れが足に来ている。休もうと近場の岩に座り込むとまるで当然とでも言わんばかりにクヴェレが隣に来て座った。
「…」
「ユウタ?どうかしましたか?」
「いや…」
正直隣はやばい。
布地の少ない服を着て、女性としてこれ以上ないほどの魅力を振り撒いて、そんな恰好で傍に寄られてはたまったもんじゃない。何度も移りそうになる視線を制し、タオルで目を覆い隠す。これでようやく落ち着けることだろう。
冷たい夜風がオアシスを吹き抜け、草を揺らす音を響かせる。とても静かな月の下でクヴェレはそっとオレの名を呼んだ。
「ユウタ、もう少しこっちを見てもいいのではありませんか?」
「いや…その」
「ユウタの舞う姿。とても素敵でした。だから、今度は私の踊る姿をぜひとも見てもらいたいのですが…♪」
「…遠慮しときます」
オレの言葉にくすくすと笑うクヴェレ。その恰好で踊るなんて刺激が強すぎて堪ったもんじゃない。彼女もきっとわかってやっているのだからたちが悪い。
そのまま笑っていたクヴェレだが徐々に声は小さくなり、溜息を吐いた。いつも明るく、穏やかな性格のクヴェレには珍しい少し疲れたような様子だ。
「…クヴェレ?どうかした?」
「いえ、ユウタは……あれ
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