音色と貴方とオレと夜

灼熱の日差しに照りつけられる砂漠のど真ん中、傍には緑あふれるオアシスがある遺跡の中で基本やることと言えば書類整理、備品購入の手続き、武具の手入れ、罠の確認などというものが大半だ。それらの仕事も大体午前中に終わり、午後はアヌビスである先輩と雑談したり、門番をしているスフィンクスと戯れたり、遺跡の主のファラオとボードゲームをしたりと様々だ。
だが、時には侵入してくる者もいる。となれば武力介入もありうること。ならばいつ、いかなる時も立ち向かえるようにしておくのがこの遺跡内で唯一の男性の役目だろう。





それ故に、オレこと黒崎ゆうたは夜中、毎日オアシスのど真ん中で稽古をしていた。




滴る汗をそのままに、流れるような手つきで型をこなしていく。それはまるでとどまることを知らない流水の如く、吹き止むことを知らない風のごとし。ただゆったりと、滑らかに、拳を握らず舞うように。

「すぅ…………はぁ………」

小さな呼吸を繰り返し、集中力を高めていく。ゆったりとした動きでも込められた力は外見以上、一挙一動がごりごりと体力を削っていく。
そうしているといつも耳に届いてくる。
それは地響きではなく。
それは先輩の怒鳴り声でもなく。
それは主の絶対的な命令でもない。



座り込んでただ耳を傾けたくなるような、とても滑らかで心安らぐ音の波。



「すぅ……は………ああ、もう」

本当なら聞き入りたいのだが今は稽古中。だというのに研ぎ澄ませていた精神が徐々に綻び、やる気もそがれていく。これでは稽古になりゃしない。
大きく息を吸い込むと音楽を奏でているであろう女性の名を叫んだ。



「シャントゥール!」



声に応じて木の上にいたのかばさばさと両腕を―――翼を羽ばたかせて降りてきた一人の女性。それは人間の姿ではない、先輩たち同様の魔物だった。
淡い月明かりに照らされたのは金色の大きな翼。足もまた獣のような体毛に覆われている。さらには耳が妖精のように尖ってはいるがその顔は誰もが認める美しさを持っていた。
水色の瞳にすっと通った鼻筋、ふっくらとした桜色の唇の間から艶めかしく舌が覗く。長く伸ばした髪の毛に肌を見せつけるような布地の少ない衣装。それはまるでアラビアンナイトに出てきそうな踊り子の姿。そして、その衣装に包まれているのは男ならば誰もが見惚れるほど整った体だった。大きく揺れる豊満な胸に艶めかしい腰の括れ、艶やかな肌に月明かりに照らされる太腿。人外な姿だろうと関係なくそれは魅力的で刺激的な姿だった。
それが『ガンダルヴァ』のシャントゥール。よくこのオアシスを訪れる女性だった。

「何かしら?」
「やめて欲しいんだけど、それ」

艶やかな笑みを浮かべるがオレは鬱陶しそうに彼女の首からぶら下がっている楽器を指さす。それは彼女が常に持ち歩いている弦楽器だった。

「何よ、私の演奏良かったでしょう?」
「稽古中に流されちゃ集中できないんだよ」
「良い物っていうのはね、自然と惹かれあうものなのよ。あんなに綺麗に舞っているのに音楽がないなんてもったいないわ」
「綺麗って言われてもこっちは真剣に集中して稽古してんの。あんまり気の散る様な事傍でしないでくれる?」

シャントゥールはいつもそうだ。オレの稽古を見るとそれに合わせて音楽を奏でていく。それ自体は悪くないのだがこちらも真面目にやっている以上集中力を削られたくない。
追い払うように手を振るうと半目で睨みつけられた。元が美人だからか大して怖くないのだけど。
音楽も止んだことだし再び稽古へと戻ろうと拳を握るが相変わらずシャントゥールはオレの隣で立ち尽くす。離れないと手がぶつかってしまうのだが、仕方ない、オレが離れることにしよう。

「…」

そうして離れようとすると突然無言で両腕を思い切り振るわれた。
人間大の体を容易く飛ばすほどの力を持つ翼から放たれる風は凄まじく、さらには砂漠の夜。先ほどまで稽古していたとはいえ汗の浮かんだ肌へ吹きつけられれば。

「あああああああああああ!寒い寒い!!やめて本っ当にやめて!」

体感温度が凄まじいことになる。
それでも無言で両腕を羽ばたかせ続けるシャントゥール。どうも先ほどの発言が気に障ったらしい。なんとか両肩を掴んだところでようやく止めてくれた。

「何、すんのさ…っ!」
「ユウタが悪いのよ」

あれほど汗の浮かんでいた肌が今では鳥肌だ。これでは流石に風邪をひきかねない。でもまぁ、オレも言い過ぎたかと思って謝っておく。

「…悪かったよ。それで、何の用?」
「いつもみたいに教えてよ」
「また?」

傍の岩を指さすと自分の隣を示すようにばたつかせる。傍に来いと言いたいらしい。

「…」

美女の隣に座るのはそりゃ魅力的ではある。男ならば嫌な気はしないだろう。
だがこち
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