本能の強さ

あの日、人間のユウタさんと魔物となった私の実力差がはっきりと決定しても私たちの関係は特に変化することはなかった。元々私もユウタさんの強さに嫉妬するような事はない。彼が強いのは私以上の苦痛を味わい、努力を重ねているからである。血反吐を吐いた回数も耐え難い苦痛を感じたのも、折った骨の数すらもしかしたら私以上かもしれない。そんな彼の努力にどうして嫉妬などできようか。むしろ憧れた。その強さ、その覚悟。言葉にせずとも交えた拳からは私以上の強い覚悟を感じられた。
それにユウタさんも上下が決定したからといって態度を変える人ではない。私が彼よりも弱くても見下すことなく今までの対応を変えることなく接してくれるし、魔物である私を一生懸命に匿おうと頑張ってくれる。もうどれだけ彼に甘えてしまっているのだろうか。





そして、いつも仕事が終わればユウタさんの部屋に出向き、夕食をご馳走になり、ごろごろと喉をくすぐられて顔を擦り付けていた。そのせいか『人虎』という魔物だというのにまるで猫みたいだなんてよく言われるが私にはそっちの方が似合っているのかもしれない。

「ふふふ〜♪」

今日も今日とてスキップしながら王宮の廊下を進んでいく。既に太陽は沈み、廊下には見回りの騎士以外見あたらない。これなら誰にも魔物であることを悟られずに済むだろう。
騎士に敬礼され、スキップしながら会釈を返す。そうして進むと一つの扉にたどり着いた。見回りの騎士が誰もいないのはここにいる人には必要ないからだろうか。はたまた以前言っていたように嫌われているからだろうか。

「こんばんわー!」
「いらっしゃい、リチェーチ」

ドアを開けて出迎えてくれたユウタさん。既にシャワーを浴び終えたらしく湿った髪の毛が部屋の明かりを照り返し、艶やかに反射する。雪のように真っ白な服の上に黒いエプロンを纏っているのは先ほどまで料理を作っていただろう。テーブルの上には私の見たことのない料理が並び、どれも魔物となり敏感になった嗅覚をいい香りが刺激してくる。

「わぁ!今日のもおいしそうです!!」
「そういってもらえると嬉しいよ。ほら、食べよっか」



そうして夕ご飯が終わればあとは疲れた体を休ませる。食事後の休憩は何よりも大切なこと。それに仕事疲れでくたくたな体だ、もう何もやる気が起きない。なので。

「ふぅあ〜♪」

私は大きな欠伸をしながら体をソファに横たわっていた。柔らかなそれは私の体重分よりも深く沈み込み、堅さのある枕に両腕と顎を乗せていた。つまるところユウタさんの膝の上に顔を乗せていた。彼は嫌な顔一つせずに私の頭を撫で、髪の毛を梳くように指を動かしていく。その感触がいつも心地よく、思わずこのまま眠ってしまいそうなほどだ。

なのだが。

「…?」

ここ最近、下腹部からなにかが沸き上がってくる。痒いのか、痛いのか、はっきりとしない感覚だ。
わからない。この感覚がなんなのか。日に日に酷くなっていく。今はまだ耐えられない程ではないがこの調子ではきっといつか耐えきれなくなる。
だが、何に?
その感覚がなんなのかわからない。このまま限界を超えればどうなってしまうのか、その予想すらつかない。
どことない高ぶり。体温の上昇。運動後ではないというのに心臓の鼓動は速まり、思考が鈍くなっていく。だが決して嫌悪感を抱くようなものではない。逆に心地よいとも言い難いが。

「どうかした?」

沸き上がる違和感に身を捩っていると不振に思ったのかユウタさんが私の顔をのぞき込んできた。

「あ、いえ、なんでもありません」
「そう?」
「はい。ですからもっとしてください♪」

湧き上がってくる感覚を無視してユウタさんの手に頬を擦り付ける。ごつごつとした男性らしい掌は決して不快なものではなく、むしろ心地よい感触と暖かさを備えていた。

「全く仕方ないな」

そんなことを言いながらユウタさんは私の頬を両手で包んで撫でてくれる。やっていることがまんま猫。だというのに満足してしまうのだから私は虎ではなく猫なのかもしれない。
ユウタさんの手が肩へとおり、掌へと移動する。そこにあるのは人間にはない、人虎となった私の体に備わった一つの器官。四足歩行をする虎が手足を傷つけないために発達したものであり、魔物である人虎にも備わったそれは大きく、そして何より柔らかい。
すなわち肉球だ。

「肉球やわらかいね」

二本の親指で感触を確かめるように何度も力を込められる。決して痛みを与えないように加減されたせいでくすぐったい。

「あははっ!くすぐったいですよ、ゆうたさん」
「それじゃあ背中はどうかな?」
「はぅっ」

遠慮なく触ってくるのは女性の体に慣れているからだろうか。その割にユウタさんの体からは女性の香りは漂ってこない。レジーナ様やほかの女性
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