冷たく肌を突き刺すような冬場の風に枯葉が揺らめく。既に冬も中盤となるころだというのに木の葉が残っているのは珍しい。その一枚を見つめ、私は静かに呼吸を繰り返す。姿勢を崩さず、背筋を曲げず、ただゆっくりと息を吐き、そして吸う。するとはらりと木の葉が落ちた。ただ重力に引かれ右へ左へ揺れる木の葉。それが目の前に来た瞬間。
「…ふっ!」
空を切り裂く拳を突き出す。すると鋭い一撃は木の葉を真っ二つに切り裂いた。二つに裂けた木の葉は別々の地点へと音もなく落ちる。
「すごい…!」
自分でもわかるほど充実している。普段以上に万全な体調なのは先日購入した髪飾りのおかげだろうか。体は軽いし、疲れもない、さらにはなんでもできるような気分になれる。
琥珀で作られたような黄褐色、そこへ加えた雷のような黒い筋。まるで虎みたいな模様の髪飾りは私の左頬に垂らした三つ編みをとめている。
達人の使っていた髪留め。そんなものをしただけで同じ領域へと至ることはできないが、せめてその人と同じ目線になればなにか進展があるかと思ったが予想以上の成果だ。その反面禍々しい魔力が体を蝕んでくるが稽古終わりには外しているのでこれならまず魔物にはならないだろう。
これで強くなる可能性が見えてきた。
ようやく自覚できるほどの力の実感がわいてきた。
―これならユウタさんに勝てるかもしれない。
でも。
「…お腹すいたぁ〜」
体を動かせばお腹が空くのは道理。それは達人と同じ目線に立とうと同じこと。もしかしたら達人は空腹すらコントロールできたのかもしれないが私には到底無理なようだ。
空腹を満たすために何を食べようか。食べるためにはまず食堂に行くのが手っ取り早い。だがこの時間、王宮内では夜間見回りの騎士や護衛部隊の人しかいない。食堂に行ったところで誰も作ってくれる人はいないだろう。料理長のグストさんも既に休んでいるはずだ。
だからといって自分の部屋に行ったところで食材なんてものはない。
…仕方ない。
「食堂行こっと!」
作ってくれる人はいないのなら私が作るしかない。勝手に使っては怒られるがバレないようにすればいい。せいぜいパンの一斤…いや、二斤程もらえば空腹も紛れるだろう。そう考えて鍛錬場から出て廊下を歩いていたそのとき、曲がり角から誰かが出てきた。
夜の闇にとけ込みそうな黒髪と同じ色をした服と、それでもより一層暗く濃い色をした二つの瞳。見慣れているその姿を間違えるはずもない。
「あれ、ユウタさん!?」
「んん?リチェーチ?どうしたのさ、こんな時間帯に」
普段とはまた違った薄い服は動き易さを考慮してだろう。香ってくるつんとした汗の匂いや額に滲んだ玉の汗を見るについ先ほどまで運動をしていたように見える。もしかしてこんな時間までレジーナ様の護衛をしていたのだろうか。
「こっちの台詞ですよ!そんなに汗だくで何してたんですか!」
「鍛錬してた。一日でもさぼると体力って落ちちゃうからね」
「ユウタさん結構熱心ですね!」
「鍛錬って一日でもサボると取り戻すのに三日も掛かるって言うからさ」
「み、三日もですか…!」
「実際のところ休息取らなきゃ体壊すけどね」
からから笑いながら張り付いた髪の毛を弄るユウタさん。額に張り付いた黒髪や汗の滲んだ肌が月光の下でやたらと艶っぽく映るのは彼が見慣れぬ顔立ちだからか。よく目を凝らすと体から湯気が立ち上っている。冬場の空気のせいもあるがどれだけ激しい鍛錬をしていたのだろう。
やはり強いのならば相応の努力と鍛錬を積み重ねているということか。レジーナ様が目を付けるというのだから血反吐を吐いた回数も私より多いのかもしれない。
だが、話し込んでいても紛れない空腹。早く何かをいれろと言わんばかりにお腹の虫が喚き散らしそう。流石の私もそんな情けない喚き声を聞かれて平然としていられるほど神経は図太くない。
そんな私の感情を読み取ったのか顔を覗き込んできたユウタさんは言った。
「どうかしたのリチェーチ?あ、もしかしてご飯、食べたかったり?」
「あぅぅ…そんなことありま」
せん、と言い切るよりも先にお腹が返事をする。その声に口に手を当てくすくす笑うユウタさん。なんて正直なのだろう、私の体。自覚できる程顔は赤くなっているというのにお腹の方は作ってくれといわんばかりに喚きだす。
「それならうち来る?この時間帯じゃ王宮の食堂なんて誰もいないだろうし、食材減ってたら向こうも困るだろうし」
「へぇ!?ユウタさんの部屋にお邪魔していいんですか!?」
「この前買っておいた食材もまだまだあるからさ」
そう言えば以前ユウタさんと訪れたお店の事を思い出す。一体何のお店なのかはわからないが今私の三つ編みをとめている髪飾りもそこで売っていた。
だが私も一人の人間だ。それなりの恥も
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