それは悪魔の囁きだった。
「ルア様は女性です。そしてユウタ様は男性です」
透き通った青色の唇が妖しく動く。
「女性ならば男性を虜にする術があるでしょう。」
柔らかそうな舌が厭らしく覗く。
「貴方様は大変魅力的な美貌を持っています。ただ、その使い方を知らないだけなのです」
艶やかな肌が部屋の明かりを反射する。
「もしよろしければ…私が手取り足取りご指導いたしますわ」
彼女は女性の私もぞくりとするほど妖艶な笑みを浮かべ、そう言った。
「…君は以前女王の矜持がなんだと言っていたね。女王がそのような品のないことをしていいのかね?」
「ええ、確かに私は女王です。ですが、その前に魔物です。もしこれを機に同胞が増えることとなれば喜ばしいことですわ」
「残念だが私は魔物になど身を落とすつもりはない。そうなったらここでの研究が続けられなくなってしまうからな」
「ですが魔物になれば殿方を籠絡することは容易きこと。貴方様はユウタ様の隣にいたいのなら、ユウタ様を籠絡したいのなら魔物になった方が効率的ですわ」
「効率的…」
その言葉に私は考え込んでしまう。
研究者にとって効率は重要なことだ。無駄を省き、より効率的な手段を用いるのは常識であり、順序を省けるのなら喜んでその方法を選ぶ。誰だって面倒な手順を踏んで結果を得るよりも楽な道を選ぶのと同じ事だ。
故に、迷ってしまう。
「ふむ…」
確かに私は人間であり、今でも男性に対してどのような対応をすべきかはわからない。魅惑の言葉も知らないし、誘惑の仕草なんてまったくわからない。
だが、魔物ならば…。
誰もが美女である魔物にとって男性を誘惑することなど容易いことだろう。それが生まれながらにして備わった本能であり、生きる術だ。目の前にいるスライムの女王ですらこんな体であっても男を誘惑する手練手管を知り尽くしている。
そんな魔物ならば…。
「ユウタ様はお堅い方です。誘惑したところで簡単に転ぶようなお方ではありません。だからこそ、その堅さを利用すべきなのです」
彼女はは笑う。とても淫靡に、悪魔のように。
「ユウタ様はお堅くて、それで優しい方ですわ。ルア様を一人で放っておくようなことをする人ではありません」
「ああ、そうだろうな」
頼み込めばなんだかんだでしてくれるあの男だ。人付き合いの経験は浅くとも優しい部類にはいることは私でもわかる。
「そんなお方がルア様を手込めにし、傷物にしたのなら…どうでしょう?」
甘くとろけるような声色は私の頭の中へと染み込んでくる。研究者としての思考は染め上げられ、論理的な判断が鈍ってく。
あるのは欲と色。
生物的に純粋な本能のみだ。
「男性というのは女性の求めにめっぽう弱いもの。それはユウタさまとて例外ではありません。ですが簡単に籠絡するほど柔な精神をしているとも思えません。ですからユウタ様が自分から襲いかかったとしたら、どうでしょうか」
あの男が。普段私にはあきれ顔を浮かべなんだかんだで世話を焼いてくれるあの男が私に襲いかかってくる。
何をされるかなんて知らないわけではない。これでも研究者、人間の体の構造を知るためにそこらへんのことも調べたことがある。男性というのは生物敵本脳が強く、自分の種を存続させるためそういった行為を強く望むということはわかってる。それはきっとあの男も同じ事だろう。
だからこそ、それを利用する。
余計な言葉はいらない。
無駄な知識もいらない。
必要なのはユウタの本能を刺激するもの、ユウタの理性を焼き切るものだけだ。
「結構嫌なことを考えるスライムだ」
「あら、これでもクイーンですもの。時にはえげつない判断も必要なのですわ」
くすくすと品のある、だが意味深な笑みを浮かべる女王。その笑みの下に張り巡らせた策謀は研究者であっても計り知れないものだろう。
「それで、どうするのですか?」
女王は問う。
「行動へと移るのか、はたまた今のままで満足するのか」
一度踏み外せば二度と戻れぬ堕落の底へと誘うように。
「その先にある甘美な蜜を…啜りたいとは思いませんか?」
その言葉に私は傾いた。
―そして今。
「なぁ、ユウタ。ちょっとお茶を入れてみたのだがどうかね?」
私はユウタをお茶に誘っていた。もっとも誘えるほど私の腕はいいわけがない。今まで研究一筋で生きてきた身である以上研究以外のことなど素人以下だ。
いつものことながら体には現れない勇者の証を探し終えた後、ユウタは真っ白な服に腕を通しボタンを閉めながら少し不思議そうな表情を浮かべた。
「…またずいぶんといきなりというか…急ですね」
そう反応されるのも無理はない。今まで彼の前での私は研究のためと称して服を脱がせたり寝込みを
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