ジパングの街というのは興味深いものばかり。何度も同心として巡回しても日々新しい発見ばかりだ。訪れる店の雰囲気やすれ違う人との交流、時折起こる喧嘩や事件は頭を悩ますがおかげで退屈なんて思いはしない。つまるところ、ジパングでの毎日は楽しいということだ。
今日も今日とてオレは食べ終えた団子の櫛を咥えながら同心の仕事をこなす。と言っても日本語しか読めないのでできることは巡回に限られるのだが。
「〜♪」
鼻歌交じりに道を歩く。おいかけっこをする子供たちを脇によけ、挨拶をする人々に頭を下げ、握りこんだ十手をくるくると器用に回しながら。
今日も特に何もない。平和な街並みを眺めながらあたりを見回しとある店の前を通り過ぎようとしたら店の中へと手を引かれた。
「んむっ…?」
誰もいないのに引かれる手首を見るとそこに絡まっているのは艶やかな糸。ジョロウグモのしのさんが扱う蜘蛛の糸に似ているがこちらは黒いく、さらには一本一本かなり細いが量が多い。引きちぎろうとすれば肌に食い込むだろうが巻きつかれていると不思議と嫌な感触はしない。
その糸はついっと店の中へとオレを引き込んでくる。店の看板を見上げれば見覚えのある文字。読めはしないが何の店だかは知っている。
「…」
引きちぎることもできないし、何より『女性の一部』を傷付けるわけにもいかない。御呼ばれしたのなら拒否するのは失礼だろう。
団子の串を咥え直すとオレは店の中へと入っていった。
「ようこそ、ゆうたさん」
店の中に入るなり恭しく頭を下げたのは一人の女性。底の厚い下駄をはき、ただでさえ高い背がさらに高くなりオレと頭一つ分違う。紫色の着物を着崩し、真っ白な肌を見せつける、どこか遊女然とした色香を漂わせる人。大きな胸を惜しげもなく肌蹴、ちらりと見える太腿が眩しい。
だが一番目を引くのは大きな花の形の簪をさした、頭から生える長い長い黒髪だろう。日の光を反射する艶やかなそれは地面につきそうなほど長く、多い。自身の顔すら半分隠れ、体も覆い隠すほどの異常な多さだ。
「どうも、かざしさん」
彼女は簪屋を営む毛娼妓のかざしさん。ここら一帯では有名な簪の職人さんだ。
「同心のお仕事ご苦労様です」
「いえいえ、それでどうかしましたか?」
だが招かれたところで男だから簪なんてつけないし、つけるにもオレの短髪では刺さらない。付け方は知っているがつける相手なんていやしない。早い話がここにきても彼女と話し込む以外にすることはない。
「いえ、ちょっと通りかかったのでゆうたさんに簪の相談をと思いまして」
「オレの考えなんて素人同然ですが」
「それでも助かっているんですよ」
同心として巡回をすれば顔を合わせることが多く、ある時ふとしたことから簪のことを提案した。それがきっかけとなり今では時折こうして店へと引き込まれ相談を受ける。こちらには現代で培った知識があるので話す分には話せるが実現可能かはわからない。
「また何か新しいものをと思いまして」
「新しいの、ですか。そうですね…チリカンとか揺れるものとかいいんじゃないですか?」
「揺れるもの…」
「先端に小さな鎖をつけてさらに先に玉とか飾りをつけるんですよ。はたまた短冊状の小さな金属をいくつも付ければぶつかったときに音がするっていうのもありますよ」
「ふむふむ」
それでもいいらしくかざしさんはうんうんと興味深そうに頷く。長い髪の毛が揺れ、光を反射しながら頭の上の艶やかな簪が揺れた。
ただ眺めているだけでも綺麗な姿。異形ともとらえられるほどの髪の長さをしているがそれでも美人であることには変わりないかざしさん。そんな彼女をじっと見つめているとふと気づく。
「…そう言えばかざしさんて同じものしかつけないんですね」
「え?」
「簪」
長髪をただ伸ばして同じ簪をしている彼女。毛娼妓らしい姿なのだがもう少し変わった姿も見てみたい。折角綺麗な髪の毛をしているのだしもう少し変わった髪型を…ほんの少しだけアクセントを加えたりしてもいいんじゃないか。
「ええ、私の髪の毛だとまとめるのに手間がかかってしまいますからね」
「そうですか。たまにはちょっと変わった髪型も見てみたいなーなんて思ったんですがね」
「髪型ですか」
かざしさんはオレの言葉に難しそうな顔をした。
「嫌でしたか?」
「いえ、その私は髪の毛が長いじゃありませんか。そのせいであまり髪型って変えられないですよね」
それでも探せば短い部分も多少はある。例えば顔の横、触覚と呼ばれる部分とか。
「部分的にしてみません?」
そっと横紙に触れるとびくりと彼女の体が震えた。驚かせてしまっただろうかと思うがお構いなしに指を添える。というのも少しこの長い髪の毛を弄って普段と違う彼女を見てみたいからだ。
「ですが
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