白昼の笑み

「…嘘だろ」

頬を撫でる暖かな風を感じ、花びらの舞う現自宅―ジパングという国のとある町、そのはずれの山にある龍神の神社にてオレは呟いた。
目の前にあるのは赤々とした鳥居。かなりの年月が経っているのか所々ひび割れているがそれでも厳粛な雰囲気を感じさせる。いつもなら自宅で朝食を済ませこの下をくぐって町に行き、夜には夕食を済ませたり済ませぬまま帰ってきてこの下をくぐる。それがオレの日常であり、始まり方と終わり方である。
だというのに。

「…」

鳥居の下に手を伸ばす。伸ばしたところで届くものはなにもなく、向こう側には下りの石段があるだけだ。
だが。

「…っ」

鳥居のちょうど真下でごつんと、指先が硬質なものに触れた。
つつくがそれはまるで鉄のように堅く、だというのに堅さ以外にはなにも感じられない。冷たくもないし、暖かくもなく、ただの壁のごとく堅いだけだ。表面を撫でれば滑らかで煉瓦や土、石壁とはまた違った感触を伝えてくる。だというのに、オレの目には何も映ってない。壁があるようにはぜんぜん見えない。

「…どうしてだよ」

普段だったらもう町についているというのに未だに自宅の敷地から出られない。というのも鳥居をくぐらずに石段へ向かっても同じように見えない壁に阻まれるからだ。
試しに近くに転がっていた石を拾い上げると鳥居へと転がす。だが石は壁に阻まれることなく向こうがわに転がった。
続いて腰に指した十手を握りつきだした。十手は何にも遮られることなく鳥居を突き抜ける。だが、手だけが向こう側へと至る寸前指先が壁にぶつかった。

「…」

石や十手は阻まずオレだけを押さえ込むように立つ見えない壁。まるでこれは閉じこめられているみたいではないか。神社の呪いとでもいうのだろうか。だがこの神社に住んでいた龍神はここにはいないはず。祟る神様もいないということだろう。だというのにこれはどうしたことか。

「やばいな…」

どうしよう。これでは遅刻どころか欠勤だ。先輩はそういうところは本当に厳しいから説教どころじゃ済まないだろう。事情を話せばわかってもらえるだろうが遅れた分倍に仕事を増やされかねない。意地でも出て行かなければ。そう思って拳を握りしめた。

「せぃっ!!」

全力の一撃。拳に伝わってきたのは金属でも殴り抜いたような衝撃と鈍い痛み。骨が軋んだ音が小さく腕に響いてきた。
瓦なら一枚や二枚程度たやすく砕いている。木の板でも同様だ。だがオレの拳は鳥居より外に出ることはなくやはり見えない壁にここから出るな言わんばかりに止められていた。

「…冗談だろ」

今度は蹴りを放つが先ほど同様金属に近い感触と衝撃を伝えてくるだけで破れはしない。何度繰り返しても結果は変わらなかった。
これだけやっても抜けられないのならオレにはもう打つ手はない。
なら、オレ以外の手を借りることにしよう。
同心の先輩からもらった神通力を練り込んだ特別製十手。それは同心の証でありながら音叉のように震えれば遠くの十手と音声を共有することができるという早い話が携帯電話のような代物だ。いざというときには使えと言われて持たされていて良かった。
十手を握り込み鳥居へ先端を向け叩こうとしたそのときだった。

「あら、ゆうたさん」
「え?」

真正面の石段から一人の女性が上ってくる。徐々に露わになる姿は日の光を浴びて真っ白に輝いていた。

「すずしろ、さん…?」
「どうも」

髪の毛は雪のように白く、身に纏っている衣服もまた白。耳は尖って人間とは少し違った顔立ちをしている。通った鼻筋に薄桜色の唇。傷のない白い肌は滑らかで触れてみたいほど柔らかそうだ。特徴的なのは下半身だろう。呉服屋を営むジョロウグモのしのさんは下半身は蜘蛛のそれだった。以前出会ったウシオニのきなささんもまた同じ。だが彼女の下半身は蜘蛛ではない。まるで雪をちりばめたような真っ白に輝くそれは鱗。柔らかくたゆみ、日の光を反射して煌びやかに輝く、長く伸び、人の胴体ほどの太さのあるそれは蛇であった。
彼女は白蛇。龍神に使える巫女のような妖怪らしい。
現在オレが住まう場所はこの町から外れた山にある元龍神の神社だ。そこの龍神に仕えていたらしい彼女は現在神の居なくなった神社管理を手伝って貰っている。

「…どうかしましたか?」

彼女は首を傾げながら鳥居をくぐろうとこちらに近づいてきた。だが、そのままだと見えない壁にぶつかってしまう。

「危ないっ!」

あわてて止めるも時既に遅く彼女は鳥居をくぐろうとして頭を―ぶつけなかった。

「…あれ?」
「どうかしましたか?」

不思議そうな顔で彼女はオレの顔をのぞき込んでくる。それはつまり既に体は鳥居の内側に入っているということだ。あの見えない壁をぶつからずに越えて入ってきたということだ。
…どうい
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