このジパングにおいてオレが住まう場所は結構変わったところだ。というのも夜だろうが昼だろうが遠く、また山道は危ないからという理由で人間はまず近寄らない。昔ならば崇められていた神様の為に参拝する人が絶えなかったそうだが居なくなってしまっては危険を冒してまで来る意味はない。
オレは神社に住んでいた。
以前は龍神という神様が住んでいたらしいがその神様は旦那と共に別の国へと旅だったらしい。まぁ、これだけ栄えた町なのだから神様の必要なんてあまりないのだろう。それに旦那も彼女もアクティブな性格だったらしく世界をこの目で見たいとのことでこの神社から旅立ったとカラス天狗の先輩から聞いた。今では管理するのは龍神に仕えていた巫女さん一人だけというので住み込みでオレがその手伝いをするということになり、現在の自宅としてオレはここで寝泊まりしていた。
故にここにはまず人はこない。今もオレときなささん以外誰もいない。
「…龍の神社に住んでたんだな」
「ええ、同心の先輩から紹介されまして」
オレときなささんは二人で神社の縁側に座っていた。耳を澄ませれば虫の声が響き時折冷たい夜風が頬をなでていく。見上げれば淡く光る月があり、葉をつけた木々がざわめいた。
「お酒飲みます?アカオニ特製のとびきり強力な奴ですが」
「へぇ、いいもんもってんじゃねぇか」
先輩の知り合いであり、時折酒の為に水を持って行かされるからか礼として貰ったこのお酒。飲めない身としては対処に困り、だからといって貰い物を売りに出すわけにもいかずこうして台所の奥底に眠っていた。
お猪口と酒を抱えて戻りきなささんの隣へと腰を下ろす。封を開けて中身を注いで彼女へと差し出した。
「どうぞ」
「ん」
差し出すが彼女は受け取らず何かを示すように顎を遣う。その行為に首を傾げていると突然方を抱かれた。
「わっ」
「あのときみたいに飲ませてくれよ」
「あれは仕事だからやってたんですよ」
「仕事外でもやってくれたっていいだろうが」
「んな…ああ、もう仕方ありませんね」
ウシオニの力で抱かれては逃げられるはずもない。オレは小さくため息をついてお猪口に酒を注ぐと彼女の口へと差し出した。
「ん」
瞼を閉じてされるがままなきなささんの顔はまるで口づけを心待ちにするような乙女にも見える。普段の獰猛な性格を押さえれば十分美人だというのにもったいない。いや、ウシオニなのだから無茶なのかもしれないが。
「どうぞ」
柔らかな唇へ酒の入ったお猪口を差し出す。堅い陶器越しでも唇の感触が伝わり少しだけ胸が高鳴る。喉が小さく動きほぅっとため息が漏れた。
「…やっぱりいいな」
「やっぱり?オニの酒は初めてじゃないんですか?」
「違ぇよ。こうして注いでくれる相手がいるってことだ」
きなささんの腕がさらに強くオレの体を抱き寄せる。いきなりのことだったのでオレは力の働くまま引っ張られた。大きな胸が学ラン越しに押しつけられきなささんの顔がすぐ側まで近づく。
「っ」
「…やっぱり、いいもんだな」
だがオレの顔をのぞき込んでくるきなささんの顔はどことなく儚げだった。あの夜に見せた獰猛で獣のような目は寂しげな光を讃えている。
そのまま見つめられ続けるとさすがに恥ずかしいものがある。相手がウシオニだとして美女であることに変わりない。多少気の荒いところもあるが真っ直ぐ見つめられては照れてしまう。
逃げることはできないので身を捩って座り直す。きなささんと肩を並べる形で縁側に足を投げ出した。彼女は特に何も言わずオレと同じように庭先へと視線を向けた。
どちらとも無言。響く虫の声に耳を傾け、きなささんは時折注ぐ酒の味を楽しむだけだ。
だが無言の空間にしびれを切らしたのかきなささんは口火を切った。
「…なぁ」
「はい」
声に応じて視線を向ける。だがきなささんは真っ直ぐ庭先をむいたまま。それでも目はどこか憂いを讃えるように細められていた。
「少し、聞いてくれないか…?」
「…いいですよ。どうぞ、何でも話してください」
酒を注ぎきなささんの唇へと注ぐ。喉が動き飲み下したことを確認するとオレはお猪口を縁側においた。
「あたしさ、あの町の出身なんだよ」
「っ…」
やはり、と思った。
あの家を見つめる視線、浮かべていた表情、儚げな雰囲気は何を憂いていたのか。過去にあの家になにかあったのかとは思っていたがオレの憶測は間違っては居なかったらしい。
「結構有名な武家の出でよ、幼少の頃から刀を握らされたんだよ。女だって言うのに親父は無理にでも武士にしたかったらしくて泣きついたら殴られたのをよく覚えてる」
オレはきなささんの語るまま何も言わずにその言葉を聞く。酒の注いだお猪口をそのままにして。
「大人になったあたしは当時町を騒がせてた化け物退
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