昼の顔と覗く寂しさ

昼食としてとある食事所でうどんを啜っているとベルトにくくりつけた棒が震えだした。

「んむ?」

うどんをかみきりまるで携帯電話のバイブレーションみたいに震えるそれを引き抜いた。
それは十手。同心の証であり、罪人を捕らえる際に用いる武器だ。その取っ手の部分にはカラス天狗の先輩のものだという証か三つ足の八咫烏の紋章が刻まれている。
それを二度、机の上で叩くと今度は音叉のように甲高い音を響かせて十手が震えた。

「…聞こえるかゆうた」
「はい?何でしょうか先輩」

聞こえるのはここにはいない先輩の声。聞こえる度に十手の先が震えて音を響かせる。この十手、先輩の神通力を用いて作られた遠距離情報伝達器だ。早い話が携帯電話やトランシーバーのような機能付き十手である。

「やっかいごとが起きたぞ。向かってくれ」
「…今昼飯中なんですが」
「そんなこと関係あるか」

十手に向かって話しかける。それは奇妙な光景であり、また応じる十手もさぞ奇怪に映ることだろう。携帯電話を知っている身としてはそこまで驚きはしなかったが。

「どうやら男と妖怪がもめているらしい」
「へぇ?妖怪が?そりゃまた珍しいですね」

基本人に対して友好的な彼女たちが突っかかるような真似はしないはずだ。呉服屋のジョロウグモのしのさんも、九尾の稲荷であるいづなさんも街を行き交う妖怪達も自分から争いごとを起こすような人はいない…はずだ。

「その場に赴き現状の報告、その後は私の指示を待て。用意ができたらすぐに迎え」
「じゃもう少しで食べ終わるので待ってくださいよ」
「待てるか馬鹿者。さっさと食べて行け」
「早食いは太る原因になりますよ」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「あれ?先輩?」

ごくんと、喉をならす音が伝わってきた。どうやら彼女も昼食中だったらしい。
しかし今の一言を気にするとはやっぱり先輩も女性だななんて考えていると低い声が響いた。

「いけ」
「ああ、もうわかりましたよまったく仕方ありませんね」

残ったうどんを無理矢理かきこみ、ベルトにくくりつけた財布用の袋から銭を取り出し机にたたきつける。お店の人にそのことを伝えるとすぐさまその場から飛び出し指示された場所へと直行するのだった。










指示された場所へ赴くと一目で理解できた。周りと違って人だかりのできたそこは中央だけ皆離れている。騒ぎの中心にいるのは腰に刀を下げた男が三人と見覚えのある妖怪の姿。つい先日みた緑色の肌に艶やかな黒髪。それから体を覆う体毛にタランチュラのような下半身。

―ウシオニ?

間違いなくあの夜出会ったきなささんと同じ特徴だ。だが、どうしたのだろう。この街でウシオニを見かけることなど今までなかった。少なくとも真っ昼間にこのように活気あふれる場所では。

「あの、何かあったんですか?」

野次馬の人たちから事情を聞くと隣で背伸びをしていた中年女性が答えてくれた。

「あの三人が足が当たったとかでウシオニ相手に因縁つけてるみたいなのよ」
「あんなのに喧嘩ふっかけるなんざ命知らずなこった」

今度は中年男性がそう言っているのだが誰も入っていこうとしないのは男三人が刀を持っているからか。はたまた相手がウシオニだからか。
皆割って入ることもせず奇異の視線を向けている。大方見慣れぬウシオニが珍しいということだろう。ただ怖いもの見たさにここにきているのかもしれない。

「…」

ただ。
誰かが助けに入らないのはウシオニという存在を知っているからだろうか。この現状で危険なのは彼女ではなく、男達の方だとわかっているからだろうか。
だが、このまま黙って見ているのは気持ちのいいものではない。ウシオニといえ女性であり、その女性に男三人が刀を持って喧嘩をふっかけているのだから。

「…先輩」

人混みからわずかに離れた場所で先輩へ報告する。

「どうもウシオニが刀持った男三人に因縁ふっかけられてるみたいです。なんでも足が当たったとかで」
「下らんことだな」

先輩は吐き捨てるように言った。

「どこぞのチンピラがまだうろついていたのか。刀を下げただけで強いもの気取りの阿呆共だ」
「どうしましょうか」
「実際そのまま放っておけば静まるだろう。たかだか刀を持っただけでウシオニに勝てるはずがないだろうしな」

そこで一度彼女は言葉を区切った。

「だが、街の治安を乱す輩を取り締まるのが私たち同心だ。その場合ゆうた、お前はなにをすべきだ?」

同心として誰をも平等に扱うべきだとよく言うが、それでも彼女はやはり同じ妖怪は見捨てられないらしい。反面悪人であれば誰だろうと取り締まる。助けのいらぬウシオニだろうが助けるし、必要以上に暴力を振るうのなら人間だろうと容赦しない。
そして、オレもまた同じ。例え手を加えずと
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