「お待ちどうさま」
上機嫌に九本の尻尾を揺らしていづなさんは膳に乗った料理を運んできた。それをオレの前に静かに置く。
「おぉ…」
思わず声が漏れてしまうほどの丁寧な、まるでお店で出てくるような綺麗な飾り付け。大根や人参を用いて花を象ったものまでこしらえ彩られている。丁寧なんてものではない、経験と技術の傑作だ。
ただ、欠点があるとすれば…どの皿にも油あげが乗っているという事か。その光景に父の実家でオレ達を世話してくれた玉藻姉の事を思い出す。
よく狐は油揚げが好きという。稲荷寿司があるほどだから稲荷にとっては大好物なのかもしれない。
まぁ玉藻姉も狐だと言えば狐だったし。あの女性お酒のつまみに油揚げ食べてるほどだったし。いづなさんも同じくらいに好きなのだろう。
おくれて彼女も自分の膳を運び、置いてはその前に座り込んだ。
部屋に灯された明かりの下で微笑むいづなさん。灯篭や蝋燭にしては明るすぎる。きっといづなさんの手によりものだろう。
「それではいただきましょうか」
「え、あ、はい」
二人して両手を合わせて一言。
「「いただきます」」
日本と変わらない食前のあいさつをして箸へと手を伸ばしだされた料理に手を付ける。
のだが。
「…」
近い。
ただ食事をするにしては近い。すぐ傍に、隣にいるのは近すぎるだろう。大きく膨らむ尻尾が背中を撫でるほどの距離にいる。少しだけ体を傾ければいづなさんの肩に頭を預けられるほどだ。
本来食事というのは向かい合ってするものではないのだろうか。それに隣に居なければいけない理由などない。だが、それでも彼女はオレから離れそうにもない。
いづなさんは箸を持つ手を止めオレが食べる姿をじっと眺めている。
…流石にこんな距離で見つめられれば気にせずにはいられない。
「いづなさん、どうかしましたか?」
「あ、ごめんなさい。手料理を食べて貰うのって初めてなので気になっちゃいまして…お口に合いましたか?」
「はい、とてもおいしいですよ」
口に入れたとたんに広がる味。薄味ながらも醤油やみりんの風味を感じる。
どの料理も料亭で出てくるような上等なものであり、調味料の使い方がいいだけではなく火の通し方、材料の切り方と細かなとこまで気を付けている。油揚げという存在をバリエーション豊かに振る舞えるのは多くの知識と確かな経験があるということだ。
自然と箸が進む。煮付けを味わいご飯をかき込む。それでも年頃の健全な男子高校生、この程度では腹は膨れない。
「ふふ♪ご飯粒ついてますよ」
「え?あ…」
あわててとろうと指で唇付近を拭おうとするとそれより先に手が伸びてきた。振り払うわけにもいかずそのままの姿勢を保つ。
細く白い指先が唇の端を撫でる。ただそれだけだがすぐ隣でそんなことをされれば距離は縮まり、自然と―
「…あ」
「っ…」
―すぐ傍までいづなさんの顔が迫っていた。
恥ずかしそうに頬を染め、それでもオレを見つめる二つの瞳。頭の上の耳が揺れ、桜色の唇の間から吐息が漏れる。優しい甘い香りに自然と瞼が閉じかけた。
―キス、したい。
そう思ってしまったのは彼女の仕草に惑わされたからか、はたまたそれがオレの本心だったからか。体を張なそうとは思えずただその瞳を見つめ続ける。
「ゆうた、さん…」
「いづなさ、ん」
瞼が閉じてどちらともなく顔が近づく。艶やかな唇を互いに重ねようとその部分だけを意識していたそのとき。
かたんっと、指先から落ちた箸の音に意識が現実へ戻ってきた。
「っ!」
「あ…」
慌てて体の位置を戻し食事へと意識を戻す。
何を、しているんだオレは。
何を、考えてるんだオレは。
惑わされるような感覚は彼女のせいか、はたまたオレの欲望か。
「い、いづなさん…料理、さめちゃいますよ」
「…そうですね」
視線を合わせないように、逃げるように箸に手を伸ばし料理を再び口へ運ぶ。そうして、どこかよそよそしくなりながらもオレといづなさんは食事を続けるのだった。
食事を終えた後は風呂。既に用意してあったらしく食器を片づけると先にどうぞと進められた。だがここはいづなさんの家。家主よりも先にはいるなど失礼きわまりない。故にいづなさんが出た後にオレは湯を貰うこととなる。
「…ぁああ」
木で作られた大きな風呂に方まで浸かる。両足を伸ばしても十分な広さがあるのはいづなさんの尻尾のためだろう。あの大きく九本もある尻尾でも浸かることができる風呂は人間にとってはあまりにも贅沢だ。
既に湯に浸かったいづなさんは寝室へと赴いている。きっと布団を敷いてオレのことを待っているに違いない。
元々ジパングの夜はなにもすることはない。日が昇れば起き、日が沈めば寝る生活が一般的だ。電灯のような明かりはないし、蝋燭ですらかなりの金額
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