糸と貴方とオレと服

河原の柳が風でざわめき、帯刀した侍や和服姿の人が街中を闊歩する。
まるで漫画やドラマのような、はたまた歴史の教科書にありそうな建物が並ぶ街。人々は忙しそうに街を行きかい、時には売り子の声や待ち人の世間話の声で賑わう様は見ているだけでも面白い。
だがしかし、こんな街並みでも時には悲鳴も響くときがある。泥棒、すり、強盗、恐喝、はたまた殺人、辻斬りと物騒なことも時には起きる。人がいれば秩序が生まれ、犯罪が起こるのはどこであろうと変わらないことらしい。
そんな中でも日差しは暖かく頬を撫で行く風が心地いい今日この頃。河原の茶屋でみたらし団子を頬張りながら水の流れを眺めてぼーっとするくらいの平和さはあった。

「…いて」

温かな風が瘡蓋になった頬の傷を刺激する。既に数週間経ったというのにまだまだ傷は癒えそうにない。救いなのは刃物の鋭さゆえに跡が残らないだろうということか。ざらりとした感触を確かめて傍に置かれた団子へと手を伸ばしたその時突然声を掛けられた。

「お隣よろしいですか?」
「あ、ええ、どうぞ」

柔らかく透き通った女性の声にオレは椅子の端へと移動する。昼を少し過ぎたこの時間帯空いている椅子は他にもあるだろうになどと思うがここはオレの知っている街とは違う。
袖振りあうのも多生の縁。
義理と人情と粋の街。
人と人との関わりを大切にするこの場所では誰もが友好的で時に豪快で、それでいて温かい。

それがこの国、ジパングというものだった。

皿を膝の上に載せ端へと移動したオレの視界の端に映る細長い何か。黄色と黒の警告色にふと踏切を連想してしまったがこの世界に電車はない。あ、と気づいた時には綺麗な女性の顔が覗き込こんできた。

「しの、さん…」
「やっと気づきましたね。どうも、ゆうたさん」

そう言ってにこりと笑ったのはこの街で呉服屋を営む女性だった。ただし、女性であっても人間ではない。黄色と黒の細長い足が複数下半身から生え、後ろには丸い蜘蛛の尻の様なものがある。
下半身は巨大な蜘蛛。だが上半身の女性の姿は美女というのにふさわしい。蜘蛛の模様のある和服を着崩し豊かな胸と白い肌を惜しげもなく晒されている。整った顔に柔らかな光を宿した瞳とふっくらとした桜色の唇。尖った耳に赤い刺青と変わった身なりをしているがそれが逆に人にない艶めかしさを感じさせる。
彼女は小さく笑うと改めてオレの隣に座りなおした。

「今日もお仕事ですか?ご苦労様です」
「仕事って言ってもそんな疲れるもんじゃないですよ」
「ですがいつも危ない目にあってるそうじゃないですか」
「いつもって程じゃないですけどね」

職業上怪我をすることは多いだろうし、最悪死ぬことすらあり得る。それが今オレがやっている『同心』というものだ。
ここの文字が読めず通貨も違う以上オレのできることなど街の巡回と取り締まりぐらい。だが実際には面倒事さえなければ比較的平和な仕事でもある。

「同心なんて怪我して何ぼの仕事ですからね。怪我の一つや二つで騒いでられませんよ」
「でも…こんな怪我、させてしまって…」

そう言ってしのさんはオレの頬へと手を伸ばす。赤黒く変色した瘡蓋のあるそれは実は刀傷だ。
というのもしのさんの呉服屋での泥棒を捕まえた時に不意打ちでもらってしまったものだ。蜘蛛の妖怪であるジョロウグモ。紡ぐ糸は上等な布となり、仕立てた服は高値で売れる。それ故にジョロウグモが仕立てた服や布が持っていかれたり彼女の店が強盗にあうことは少なくないという。それを知ったら流石に下手に出て商売道具をダメにするわけにはいかず、故に反応は遅れ、一太刀貰ったということだ。どうやらまだまだオレも未熟らしい。

「これぐらいならすぐに治りますよ」

布は全て汚れ一つつかずに回収できたし、治れば傷も残らないと医者が言っていた。それならしのさんが気に病むことは何もない。
だが彼女にとってオレの怪我は自分の責任だと感じているらしい。確かに守ったのは彼女の商売道具なのだが…少し大げさではないか。
そんな風に考えているとしのさんは茶屋の方へと顔を向けた。

「おばさん、私とゆうたさんにお団子一皿ずつお願いします」
「え、ちょ、しのさんっ!」
「せめてこれくらいはさせてくださいな。お団子、好きなんでしょう?」
「団子っていうか甘いものなら何でも好きですけど…」
「あら、それならこの前お客様に貰ったかりんとうがあるんですよ。今度うちに寄ってきませんか?」
「そんな、そこまで迷惑かけるわけには…」

運ばれてきたお団子を受け取り遠慮がちに口へと運ぶ。それを隣で見ていたしのさんは満足そうに頷いた。
少しばかりおっとりとした優しい女性。人ではないがそんなこと関係なく魅力的なお姉さん。甘えれば存分に甘やかしてくれそうな、そんな印象のあるジョロウグ
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