眼下に広がるのは水流に飲み込まれて崩れ去る一つの街。多くの人と魔物が住んでいた建物が並び、活気あふれる市場が開かれ皆明るく楽しく過ごしていたであろう場所だ。それが今は崩され瓦礫の山。木材が濁流に飲まれ、家具や酒瓶が水に流れ浮いていた。
まるで洪水の後のありさま。だがここは海に面してないし、川も氾濫するほど大きなものはない。大雨だって降ったわけじゃない。
自然災害によるものではなく人間の手によるもの。
それも、俺様の手によるものだ。
「…」
何度やっても慣れるもんじゃない。
何回やっても慣れていいものじゃない。
人の住み場所を壊すというのは命を救うためだとはいえ、こんなことに慣れたらそれこそ人間として終わりだろう。
俺様は隣で眼下の景色を見る魔物を見た。
背中から蝙蝠の様な翼が生え、角や尻尾まで生やした女性。見目麗しく誰もが美女と呼ぶ容姿をした彼女はサキュバスと呼ばれる一般的な魔物であり、今流されていく街の領主だ。
彼女は崩れ去る建物を寂しげに見つめている。当然だ、今まで自分が治めてきた街なのだから俺様には想像できないほどの愛着があったに違いない。それを生きるためとはいえ手放すことになるのだから抱いた哀傷は計り知れない。
そんな彼女に俺様は小さく呻くような声で言った。
「本当に済まねぇな…」
「何言ってるの。それはこっちのセリフだわ。私たち皆の住む場所を魔界に手配してくれたし、それにこれだけのお金も貰っちゃってるし、貴方には感謝しているのよ」
そう言った彼女の手元には俺様が報酬として貰っていた金貨の入った袋がある。それだけあれば遊んで暮らすこともできるだろうし、行き場を失った彼女たちにとっても十分な助けとなってくれるだろう。
だからと言って俺様の罪悪感が消えるわけじゃない。
「…それでも」
俺様にもっと力があれば。
この街だけじゃない、魔物という存在を、魔物と共存する人間を…あの王国から、教団から守る力があればこんなことにはならなかった。
魔界にいる知り合いに頼んで彼女たちの住まう場所を手配してもらい、こことは別の場所へと避難させる。そして俺様はこの街を消し去り、王国には勇者としての務めを果たしたと報告する。
それが今できる俺様にとっての最善のこと。
「…本当に、済まねぇ」
何度呟いてもそれは許されざる懺悔だった。
眼下に広がる街並みは既に水流に押し流されただの瓦礫と変貌していた。誰があそこに済んでいたと思えるだろうか、そう思えるほど木々は散り、壁は砕け、屋根は押し流されていた。
これこそが俺様の仕事。
勇者としてなさなければならない義務。
そして、力を持つものの責任。
「なぁ」
俺様は隣に立っていた真っ黒な服を着込んだ青少年に声をかけた。
特徴的なのはあの王国に二人しか存在しない黒髪黒目の姿。夜の闇に染めたような黒髪に、纏っている服まで同じ黒色。そして闇を押し固めたような瞳をもった俺様よりもたぶん一回りは年下だろう男性。
そして、俺様とあの女嫌いと同じ、別世界からの人間。
「ユウタ君」
俺様の声に彼は反応しなかった。いや、できなかったのだろう。
眼下に広がっているのは平和な日常とかけ離れた光景。死人は出ていなくともその破壊行為はあまりにも壮絶すぎるものだ。今までこのような出来事に無関係だった人間だったらこの反応も仕方ないだろう。
俺様も昔は似たようなものだった。
なぜなら俺様も彼同様にこの世界の人間ではないからだ。
「これが俺様達のしなきゃいけないことだ」
俺様は何も言わないユウタ君の前に立って言った。
勇者として、国の希望として、俺様達は魔物を殺さなければならない。
皆が美女の姿をした魔物。それは人間となんら変わらない声や外見をしているものばかりだ。中には異形な姿や一つ目のものもいるが誰もが人間に対して友好的である。
だがディユシエロ王国は、教団はその存在を否定している。この世界から一匹残らず消し去ることを目的としている。
いてはいけないと剣をふるう。
あってはならないと魔法を使う。
存在など許さないと殺しにかかる。
それは大人でも子供でも、魔物に関わった人間すら同じく当てはまる。
故に俺様達はそいつらを殺すことが仕事であり、このように街を破壊することが使命であった。
「だけどな、ユウタ君」
だからと言ってはいそうですかなんて頷けるほど俺様は狂っちゃいない。
「俺様達は力を持ってる。街一つをぶちこわせる力があるなら街一つを救える力でもあるはずだ」
握りしめた拳。手のひらに刻まれているのは独特の形をした十字架。それは紛れもない勇者という証。あの王国に召喚され選ばれた証拠だ。
「力は殺すために振るうことは正しいとは思えない」
宿っているのは退魔の力。
「力は守るために振るうこ
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