轟轟と燃えさかる炎。
じりじりと焼き尽くす熱。
赤々と飛び散る火花。
それから響きわたる男とも女とも子供とも老人とも聞き分けられない誰かの悲鳴。
それらを前に私はただ立っていた。
頬を熱風が撫で、揺れる炎が影を作る。悲鳴が業火に飲み込まれ幾多もの命が燃え尽きる。
その惨劇を私はただ立って見ていることしかできなかった。
「…ち、が…う」
こんなことをしたかったわけじゃない。
「…違、う」
こんな魔法を使いたかったわけじゃない。
「違うんだ…っ」
こんな光景を生み出すために魔法を研究していたわけじゃない。
だがどう言い訳しようとも私はその光景を見続けるしかできない。
止め方はわからない。
助け方はわからない。
何も私はわからない。
「素晴らしいですわね」
そんな私に一人声をかけてくる者がいた。ガラスの鈴を転がしたような気品溢れた、人を引きつける柔らかな女の声色。目の前の光景を誉め称えるように私へ向けられた視線と声に私は何も返せない。
それでも彼女は気にせず言葉を続けた。
「貴方様の研究成果は前々から報告されていましたが実際に目にすると素晴らしいの一言に尽きますわ」
業火の燃えさかる音と比べればずっと小さく飲み込まれてしまいそうなものなのに彼女の声ははっきりと耳に届く。
ねっとりとからみつくように。
ざっくりと切り裂かれるように。
ぴったりとまとわりつかれるように。
「ねぇ、ルア・ヴェルミオン殿」
業火に照らし出された女性の顔は不気味なほどに美しかった。
「……は」
瞼を開くと見慣れた薄汚れている天井が目に入り、私は眠っていたということを理解する。
「……」
久しぶりに嫌なものを見た。ここ最近は忙しくて夢よりも寝る暇すらなかったというのに久しぶりに眠ったらこれか。ああ、まったく嫌になる。
「…うん?」
眠った?
おかしいな。私が自分からベッドへと入った記憶はない。先ほどまでずっと魔法の研究成果をまとめ上げていたはずだ。机の上で目を覚まし、涎にまみれた資料を始末するのが普段の私のはずだ。ベッドに入った記憶なんてここ数週間ないはず。
なら、どうしたというのだろう。
ゆっくりと体を起こそうと手をつくと下にあるのがソファであることに気づいた。年季の入ったソファは柔らかくも心地良いとは言えない感触を私に与えてくる。家具なんてあればいいだけで買い換えることもしていなかったんだ、これは仕方ない。
だが、ソファ?
横になった記憶すらないというのにどうしてこんなところで私は眠っているのだろう。うっかり横になって眠ってしまったのだろうか?
そんな風に考えていると上から声が振ってきた。
「あまり無理をなさらない方がいいと思いますわ」
気品あるお淑やかな声色。夢の中で聞いたものとは種類の違う透き通った声に私は小さく息を吐き出した。
「ヴェロニカか。それはまた、どうしてかね?」
「貴方様は先ほど倒れられたのですから」
「…倒れた?」
「ええ。きっと過労が原因ですわね。ここ数日ユウタ様にちょっかい出すことと研究のことしかやっていなかったのですから体が悲鳴を上げていたのでしょう」
「…ふむ」
確かに眠った記憶はここ数日ない。ようやく手には入ったスライムの体液を用いた魔法実験が思いの外順調に進むし、何より初めて触れる男性がいたのだ、眠ることなどに時間を割いてはいられない。
だがとうとう限界が訪れたらしい。元々体力もあまりなかったのだ、これは仕方ない。栄養が十分取れていても休息がないのでは体が参ってしまう。
私は体から力を抜き声のする方を探る。
「どこにいるのかね?」
「貴方様の額ですわ」
そう言われてはたと気づく。額に何かが張り付いた感覚があることに。
ひんやりとしたその感触は直に触れたことのあるスライム特有のもの。大きさは額を覆える程度だが火照った私の体から熱を奪ってくれる感覚が心地良い。
「私はどれくらい眠っていたのかね」
「まだ三時間程度ですわ」
「…三時間もか」
それはもったいないことをした。三時間もあれば研究は存分に進められるしユウタの体を存分に調べることができるというのに。
「随分とうっかりしていたことだ…」
「そのままでいてくださいまし」
体を起こそうとしたところをヴェロニカに止められた。
「倒れたのですから体が休養を欲しがっているのですよ?そんな状態で研究を進めようなど無茶ですわ」
「別に体の一つや二つどうなろうと関係ないのだよ。私が欲しいのは休養ではなく真理で、事実だ」
額の上からヴェロニカに退くように視線を送ると彼女は渋々ソファの背もたれに移動した。見下ろしてくる青いスライムは小さな顔に心配そうな表情を浮かべている。
「それでも貴方様は人間で
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