男性との接触、及び強襲の考察について

「ふむ……これは何とも素晴らしいものだ」

私は手に持ったものを落とさぬよう注意しつつ眺め続けた。視線の先にはいくつもの試験管内で揺れる液体。粘度がかなりあるのか揺らせばゆっくりと表面が波打つ。水色、赤、紫、ピンク、はたまた白と様々な色をした液体からはわずかだがどれからもはっきりと魔力が漂ってきた。
私の言葉に後ろで控えていた一人の女性が疲れたようにため息をつく。

「めっちゃ苦労したんでっせ。魔界からジパングまでぇ、様々なスライムの体集めるために世界中駆けずり回らんっていけなかったんでっから」
「その分金は弾んでいるだろう。何か不満でもあるのかね?」
「まさかいな。ここでぇ商売できとるんはルアはんのおかげなんやねんさかい、不満なんてこれっぽっちもおまへん」
「それはよかった」

手にしていた試験管を傍の机に置いて私は彼女へと向き直った。
茶色の短髪に釣り目と整った顔立ち。ここの国の者というか、大陸の者とは少々違っているが美人なことに変わりない。少々目つきが悪くあくどい表情がよく似合う彼女の頭からは二つの耳が生えていた。いや、生えているのは耳だけではなく臀部からは大きな尻尾が一つ生えている。

『刑部狸』

こことは違う国出身の魔物。商売を得意とし、狡猾で策に長けた生粋の商人。そして私にとって都合のいい商売人だ。
本来この国、『ディユシエロ王国』は魔物との共存を認めない主神の国。魔界を滅し、魔物を殺し、魔王を討つべく騎士や勇者を率いて戦争を仕掛ける国だ。そんなところに魔物が入ろうものなら処刑は免れないだろう。いや、処刑で済むはずもなくもっと酷いこととなるに違いない。
しかしここで彼女が商売を営めているのは彼女が並はずれた魔術を会得していることと、私が匿っているからだ。
実際彼女から手に入るものはどれもこの王国に持ち込むことすら容易くない。魔界でとれるものなど国に入る前に燃やされるのが当然だ。王国の魔物化を防ぐため、民の魔物化を防ぐために仕方のないことである。
だが反面私の研究には欠かせない。それ故に私はこの狸を匿う手伝いをしているということだ。

「しっかしルアはん、ぼちぼちええ人見つけたらどないでっか?」
「…なんだ急に」

別の試験管を手にしながら私は彼女を見た。彼女はいやらしい笑みを浮かべながらこちらを見据えている。

「ルアさんもええ齢やのになあんも浮いた話せんから」
「そういう君はどうなのかね?人に言うよりも先に自分ではないのかね?」

とはいっても彼女は魔物。そしてここは反魔物の国。魔物を毛嫌いし、憎むものばかりの王国で誰が彼女と懇ろな仲になれるというのだろうか。
しかし彼女は笑う。くつくつと嬉しそうに。

「おや、いるのかね?」
「くっくっく…そら秘密でっせ」

その言葉は肯定という意味だろう。

「そうか…私以外にも物好きな人間はいるものだな」

私にとって彼女との付き合いはただの商売人と客の関係だ。だがそれ以上の関係の男性がこの国にいるというのだろうか。いたとしたらそれはきっと常識から外れた人間か、はたまた別の国から来た者だろう。どちらにしろ私には関係のないことだが。

「ルアはんも少し異性の事を気にかけたらどないでっか?」
「異性か…まぁ興味深いとは思っているよ。肉体、精神、体質、感情、それから女性とは違う器官。あげればキリがないな」
「…研究対象ってしてとちゃうねんか」

呆れたようにため息をつく狸。だが私は特に気にすることもなく店の棚に並べられた商品に視線を移す。見たこともない異国の物品の一つを手に取って眺めた。

「色恋なんて言われてもわからないものでね。どう思えば好きで何が愛なのかなんて私には理解できないな。私にとって研究が恋人で、実験が恋愛ならば真実が愛なのだから」
「そないな色気もないことを…」
「研究者にとってはそれでいいのだよ。真実こそが求めるもの。真理こそ欲すべきものだ」

その言葉にまたため息をつかれた。
はて、彼女たち魔物にとってはメインが性行為であり色恋は付属品ではないのだろうか。今の魔王が代替わりしてからというものそうなったものだと聞いている。生きるためには男性の精が必要であってそのための手練手管は本能的に備わっていると。
だが目の前の彼女を見るにそのようには思えない。もっとも色恋なんて経験したことのない私にはわからないのだが。

「ルアはんももっと気にかけへんともったいないで。顔も乳もええ線いっとるんやから」
「そう思ったことはないのだがね。別に胸など大きくなっても不都合なだけさ。汗疹はできるし、肩はこる。いいことなどありはしないのだよ」
「…」

私の言葉に恨めしそうに睨んでくる狸。その目つきと彼女の姿に私ははたと気づいた。

「これは失言だった。うっかりしていたよ」
「…別に
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