手厚いお世話に、触れ合いを

私がそこで生まれたのはどうしてなのか今でもわからない。
鳥達が運んでくれたのかもしれない。もしくは魔界の王女が触手の森にするつもりだったのかもしれないし、どこかの商人が落としていったのかもしれない。はたまた、誰かに捨てられたのかもしれない。
どうしてだか分らなかったが私は魔界の森の中で芽を出した。
周りに触手はなく木々も普通なものであり眩しい日差しが差し込んでくる。それでも空気に混じった僅かな魔力からここが魔界であることは理解できた。

だが魔界であっても普通の森となんら変わらないこの場所では訪れる者はいなかった。

空気中の魔力だけでは足りない。もっと魔力を求めて触手を伸ばすが私自身の触手は短く、操れる触手は他にない。雨は時折降り注いでも魔力の渇きは誤魔化せない。
どうしようと困っても魔力を貰える女性は訪れない。来るのはせいぜい獣を狩るマンティスぐらい。魔力を貰おうと触手を伸ばすが届くはずもなく彼女は何事もなかったかのように去っていく。
どうしよう。そう困り果てていたその時。

「…なんだこれ」

黒いズボンと金色のボタンを付けた黒い上着、さらには黒い髪の毛と黒い瞳をした人間が―貴方が現れた。







初めて出会ったその時から貴方は何度も私の元へと訪れた。
私の事が珍しかったのかとても興味深い目をしながら蠢く私へと指を伸ばす。温かく、優しい指先へ私は体を絡ませた。滴る粘液を掬い撫でてくれる感触はとても心地良いものだった。
それでも時間が来れば離れてしまう。それはとても寂しいこと。貴方には帰る場所があるのだからそれは仕方のないことだった。
だけど私は絡みつくのをやめない。貴方の指先を離そうとはしない。

「…全く仕方ないな」

そう言った貴方は私の傍で夜中まで一緒に居てくれた。
私は貴方が言ってくれるその言葉が好きで、私と共にいてくれる貴方が大好きだった。

「ほら、水だよ」

そしていつも訪れる際には錆びついた如雨露を持っていた。私の事を普通の植物と同じと考えていたのか水を根元に注いでくれる。
だが触手である私にとって必要なのは魔力であり水ではない。気持ちは嬉しいが魔力がなければ枯れてしまう。
時に貴方は私の生える土中に動物の骨の粉をまいてくれた。でも魔力の宿らぬただの骨はやはり私の飢えを満たしてはくれない。
またある時には魚を粉にしたものをまいてくれた。それが私を助けるために用意してくれたものだとは分かってもやはり私の体を満たしてくれなかった。



―それでも私へ向けてくれる優しさがとても嬉しかった。



ある時貴方は商人のゴブリンと共に来た。
元々人懐っこい性格と商人という職業柄なのか彼女は貴方に抱きついたり抱っこされたりと甘え放題だった。それは魔物と人間のあるべき姿。仲睦まじい様は祝福すべきもの。

そして、魔力を得るための格好の餌食だ。

本来なら私は彼女の頭の中がぐちゃぐちゃになるまで粘液と愛撫を行い、二人に性交を促す。交わる魔物からは大量の魔力が漏れ出しそれが私にとっての餌となるからだ。
だが私にその気が起きなかったのは動かす触手が自分以外になかったのと、貴方の隣に女性がいたからだろう。

仲良く話す姿は私の目にとても羨ましい光景だった。

でも私には楽しく話す口はない。

触れ合う指先など持ち合わせていない。

微笑みを向ける顔も魅力的な体も何もない。



―私は、触手なのだから…。





「ほら」

ゴブリンの商人が帰った後で貴方はいつも私に水を注いでくれる如雨露を持ってきてくれた貴方。だが、いつもと違って中から魔力があふれ出していることに気付いた。

「さっきあの子から買った肥料だよ。普通の肥料じゃなくてこれなら元気になってくれるかな」

空気中に漂うものを濃縮したようなそれは私の体へと降り注ぎ、私の体を潤してくれた。枯れかけた私はようやく一命を取り留めることができた。

「…そっか。やっぱり知らない植物じゃ勝手が違うもんだなぁ」

私が元気になる姿を嬉しそうに見守ってくれた貴方。伸ばされた指先に絡みつくと優しく笑ってくれる。それが私も嬉しくて何度も何度も貴方に絡みついていた。





それから貴方は私に何度もその水を注いでくれた。おかげで女性が来なくとも私は十分な魔力を蓄えられ生きることができていた。
全ては貴方のおかげであり、感謝すべきこと。感謝なんてものだけでは足りず恩返しなんてできるかもわからないほどの事だ。
だけど私は触手。感謝を述べる口はなく、恩を返せるものはない。
そして何より私はこの場所から動けない。地中に根を張っている故に貴方が来ることを待つことしかできない。そして貴方が来なければ生きることはできなくなってしまう。
だけど、貴方は毎日如雨露を片手に来てくれた。
晴れた日も
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