子供の夢を混ぜ込みぶちまけたような不思議に溢れかえっていた世界。軽快に笑う猫は誘うように視線を送り、狂った帽子屋は紅茶と共に淫らな言葉を紡ぎ、ファンシーなウサギは色に狂い、可愛らしい幼子はどこか艶のある笑みを浮かべ、気づけば眠たげな鼠がくっついてくる。誰もが不思議でおかしく面白い世界。
そんな世界の中でこの姿もまた不思議に映ることなんだろうか、なんて考えながらオレこと黒崎ゆうたは道を一人歩いていた。
片手には木の蔦で編んだ籠を持ち、もう片手には真っ黒な傘を杖代わりに握る。空は晴れ晴れとして雨雲なんて見当たらないがそれでもオレにとって外出する際には欠かせない。
ようやく慣れてきたここの常識とそれへの対策は他の人から見ればさぞ滑稽に映ることだろう。傘を持って外出なんて異常と言われてもおかしくない。だが、それでも雨が降る空の下では手放すことはできない。
そんな空の下をオレは一人で歩いていく。目的地は目前の大きなお城。城主の趣味なのか赤と白を基調としている建物はおとぎ話に出てきそうな大きく可愛らしいものである。
「…ん?」
あたりには誰もおらず暇つぶしにくるりと傘を回していると上空から風を切る音が聞こえてきた。
顔をあげてそちらを見る。瞳には広がる大空から徐々に近づいてくる何かが映る。
あ、まずい。そう思った時にはすでにそれはオレの目の前に着地していた。
翼を広げて軽やかに、だけど無視できぬほど堂々と。彼女はオレをまっすぐに見つめてきた。
「見つけたぞ、ユウタ」
「…どうも」
彼女の姿もまた奇妙なもの。背中から一対の翼を生やし、臀部からは尻尾が伸びている。濃い紫色の大きな翼に艶のある長い尻尾はファンシーとはかけ離れた悪魔のように禍々しさを感じさせるものだ。
目につくのはそれだけじゃない。爬虫類の鱗に包まれた腕や足に血のように赤い爪が鋭く伸び、喉元からは舌が垂れ、翼とはまた別に得体のしれないものが背中から生えている。生物とは思えない口だけの何かは艶めかしく舌を出す。
彼女は『ジャバウォック』のレプティルさん。鏡の国のアリスに出てきたあの怪物だという。確かに怪物らしき禍々しさはあるもののそれを上回る美しさがある。そこらの女性では太刀打ちできないだろう美貌が、彼女にはある。
日本人離れした顔立ちに切れ長の瞳。傷一つない滑らかな褐色の肌にすらりと高い身長。さらには大きく実った二つの膨らみに見せつけるように露出した太腿。どれもが魅力的であり、蠱惑的であった。
禍々しさと美々しさ。
全く異なるものを備えた彼女の姿は男性ならば誰もが見とれることだろう。禍々しいからこそ美しさが際立ち、その美貌がさらに輝く。
ただ、美しいからこそその禍々しさもまた際立つこともある。現に今オレは口元が引きつっていた。
「なんだ。菓子の献上にでも行く途中だったのか」
「そうですよ」
税金の代わりに米や作物を献上させるのが昔の日本なら日々暮らしていく中でお菓子を献上するのがこの世界。何とも稚拙で子供っぽいものだ。
というのもここを支配する女王と言っても一人の女の子。美味しいものや珍しいものには目がない彼女にとって現代日本で作られていたお菓子はさぞ興味深く映ったことだろう。そのせいで月に何度かお菓子を献上するためにこうして出向かなければいけないことになったのだが。
家を出て、森を抜け、花畑を抜けて街を通ってようやくこの城へとたどり着く。距離にして十数キロはある道のりをオレは歩いてこなければならない。
「毎度のこと遠くから大変だな」
「慣れればなかなか住みやすい所ですけどね」
「城に近い場所に住めばいいだろう?ああ、私の家なんてちょうどいいな。来い」
「いえ、遠慮しておきますよ」
「遠慮などするな。人の厚意は無下にするものではない」
「人じゃないでしょうが」
気づけば肩を抱かれ、瞳を覗き込まれる。日本人離れした顔立ちはあまりにも美しく、いきなり近づかれれば男性ならば誰もがどきまぎしてしまうものだ。だが、そんなことをしている間にも彼女の尻尾は足に巻きつき、翼に覆い隠される様に包まれる。
優しく笑みを浮かべている。だというのに瞳の奥にぎらつく光は鋭いものだった。
逃がさない。そう言いたげに。
「あの…ちょっと…」
「なんだ」
「お菓子!お菓子持ってるんで乱暴にされたらダメになるんですが」
「む」
オレの言葉に困ったように眉をひそめるレプティルさん。その際わずかな隙を突き、尻尾と足の間に傘をさしこみ何とか引き抜く。次いで肩に回された腕を潜り抜けるようにし何とか彼女と距離を置いた。
ほっと一息吐き出すと半目でこちらを見据えるレプティルさんの視線とぶつかる。
「…別に逃げなくともいいだろう」
「逃げてるわけじゃ、ないですけど…」
とはいってもこのやり取りは初めて会
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