前編

一年で好きな日ってなんだろう。
それは自分の誕生日であったり、クリスマスであったり、お正月であったり大晦日であったりと人様々なことだろう。それぞれがその日を心待ちにするだけの理由があるのだから。
なら、一年で嫌いな日とはなんだろう。
これもまた人それぞれであることだろう。十人いれば皆違う答えが返ってくるに違いない。それは夏休みの終わりの日だったり、会議のある日だったりするだろう。そんな日がオレにもある。



それはオレの祖母の命日だ。










山の奥の奥、整備された道路なんてない砂利道は木々で覆われ時折獣の鳴き声が響いてくる。そんな中を歩いて進んだ先にある一つの大きな二階建ての日本家屋。現代文明から切り離されてしまったかのような別空間にあるその家こそがオレ達の父親の実家であり、祖母が亡くなるまでずっと住んでた家である。
そのある一室。広い空間でありながら特に何も置いていない、畳の敷き詰められた部屋。隣には縁側があり、ガラス戸の向こう側にはしとしとと雨が降っている。
そういえば去年も一昨年も、そのさらに前もこの日は雨が降っていたっけか。おばあちゃんの命日は全部雨が降っていた気がする。そんなことを考えながらオレは仏壇の前にいた。火のついた線香から煙が沸き立ち、蝋燭に灯った火が揺れる。傍に置いてあった鈴を鳴らすと透き通った音が静かな部屋に響いた。

「…と」

合わせていた手を下げてゆっくりと後ろへ下がる。そうして仏壇を見据えると視線の先には白黒で写された、優しい笑みを浮かべるおばあちゃんの写真があった。
忙しい両親の代わりに世話をしてくれた優しい人。時折怒られることもあったが甘やかされ、慰められることが多く、オレもオレと双子の姉のあやかも同様に大好きだった女性だ。
亡くなってから十年近く経つ今日。既になれたと思っていたがやはり寂しいと思うことはある。オレはおばあちゃん子ということだろうか。

「よっと」

立ち上がって居間へと戻ろうとしたその時、かたりと乾いた物音が聞こえてきた。
部屋を見回すが何もものが動いた様子はない。雨音、というわけでもないだろう。聞こえてきたのはこの部屋ではなく隣の部屋。それもこの家の縁側の辺り。
ああ、またかと思う。
このまま居間に行って茶菓子でも食べてるほうがいいだろう。気にするようなことではあるが、構うべきものではない。放っておけばいずれ収まることはよく知っている。
だけど、止めなければいけないことでもある。

「…仕方ないか」

オレは小さく息を吐き出しそちらへと足を進めた。部屋を出て冷たい床を歩き、角を曲がったその先でその人は縁側の窓を全開にし、両足を外へと投げ出して雨模様を眺めていた。
特徴的な金色の長い髪の毛をしたオレよりも年上の女性。すっと通った鼻筋に切れ長なこれまた金色の瞳。それから桜色の膨らんだ唇はなんとも艶やかなもので女の色気を漂わせる。それだけではなく和服を着崩して傷のない綺麗な肌を惜しげもなく晒す姿は誰もが目を奪われることだろう。体の線がわかりにくい服だというのに豊かに膨らんだ胸が目立つ。小さい頃の記憶にしか残っていないがその裸体はモデルだってかなわないほど整っていたはずだ。
オレが知る中で見た目だけはめちゃくちゃいい師匠と正しく大和撫子と呼べる先生と並ぶ美女。そんな女性が先生とおばあちゃんと共にオレやあやかを幼い頃から忙しい両親に変わって世話をしてくれた人である。

「…玉藻姐」

そっと彼女の名前を呼ぶとゆっくりとこちらへ顔を向けた。既に何杯も酒を飲んだのか頬は赤く染まり瞳は潤んでいる。
なんと魅惑的なことか。正面から見つめられればそれだけで虜になりそうなほどだ。

「…ああ、ゆうたか」

どこか気だるそうにそう言って玉藻姐は顔を戻して手元にあった酒瓶を直接煽った。そこらには既に飲み干したのだろう空になった酒瓶が七本。傍にはツマミ用の二枚皿に乗った油揚げ。
いくら酒豪で油揚げが好きな玉藻姐とはいえこれはあまりにも多すぎる。人間だったらアルコール中毒になってもおかしくないほどの量だ。

―人間なら

「…」

オレの目の前で背中を見せる玉藻姐。特に何も言うことなく雨の降る外を眺めながら酒を煽る姿を見ているとちらりちらりと視界に揺れるものがあった。それはゆらゆらと右に行けば次に左、左に行けば次に右に揺れる。まるで振り子のようなのだがそんな無機質なものではない。まるでぬいぐるみに使われていそうなもこもした表面。細い毛がいくつも生え固まった柔らかそうなそれはどう見ても玉藻姐の臀部から生えている。



―つまるところ、玉藻姐のお尻から尻尾が生えている。それも九本も。



ついでにいうと頭には三角形の耳が生えていた。
別に今更驚くことじゃない。これは今までに何度も見ている
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