好い人の寵愛

「とりあえずは傷を塞ぎました。これなら命に別状はありませんよ」
「そうか、助かった」
「ありがとうねエリヴィラ」

ディユシエロ王国を後にした私達はある魔界の宿屋の一室にいた。なんでもフィオナが言うには治癒魔法を使え直ぐに呼べる相手が近くにいるということでここへ飛んできたらしい。
そして今この場に呼んだ、先ほどユウタの傷を治療してくれた相手。フィオナの知り合いということで当然魔物だったのだがこれがまたただの魔物ではなかった。

エキドナ

ドラゴンやリリムと並んでも遜色ない魔物の母とも呼べる存在だった。リリムの知り合いというのだからまぁそれくらいあっても当然だろう。それに私も今は魔物の姿だ、今更そんなこと問題ではない。
問題なのはそのエキドナの目が先程からずっとユウタに向いたままだということ。熱を持った視線と時折吐き出すため息がやたらと気になってしまう。
視線を向けられているユウタはというと戦いを終え気が抜けたのか意識を失っている。あれだけの出血があったのだから仕方ないことだ。寧ろ魔法も使えない人間がよくやったというべきところだろう。
そのユウタはベッドに寝かされていた。治療魔法の効果を確かめるため血に染まっていた服は取り払われている。シーツはかけられているものの裸も同然の姿だ。
肌を見るのは初めてじゃない。傷のなくなった体はあの時見たのと同じように鍛え上げられたものだ。逞しい胸板は見ているだけでぞくりとする。うっすらと浮き出た肋骨にしなやかでありながら筋肉のついた手足に思わずため息が漏れる。もしかすると男の色気というのはきっとこういうのを言うのかもしれない。その姿に情欲をたぎらせてしまうのは同じ魔物として非常によくわかる。わかるのだが相手がユウタというのは気に食わない。
そして、ぽつりとこぼした一言も。

「それにしても…まさかユウタ君とこのような場所で再会出来るとは……これが運命というものでしょうかっ♪」
「…え?」
「何?」

私とフィオナは思わずエキドナへと視線を移す。彼女は治療など既に終わったはずなのだが指先で優しくユウタの頬を撫でていた。

「以前のことですが、ある魔界の街で彼と出会ったのですよ。ヘレナと一緒の時に」
「ヘレナと?」
「ちょっとしたお散歩程度のことだったんですが…その時にユウタ君と出会って……はぁ♪」

何かを思い出したのかうっとりとした表情でため息をつくエキドナ。青白い肌に赤みが差し潤んだ瞳がユウタを捕える。その表情はただの男性に向けるにはあまりにも優しくて、それでいて恍惚としすぎていた。同性から見ればどのような感情を抱いているのか嫌でもわかる。きっとフィオナもそれには感づいていることだろう。

「…素敵な男性でした♪」
「…」
「…」

確かユウタは私の護衛につく前魔界に行ったことがあるはずだ。ディユシエロ王国は別世界から来た者をその実力を試す形で一度魔界へ赴かせる。簡単にいえば適材かどうかふるいにかけるといったところだろう。
無事に戻ってきたからこうしているわけだが…どうやらこの男、やはりというか魔界でなにやらやらかしてきたらしい。ディユシエロ王国だろうとジパングだろうとやることが変わらないその性格に頭が痛くなる。

「しかし、まさかこんなところまで連れてきてくださるとは…もしかして私にユウタ君をくれるということですかっ!?」
「やるか馬鹿者!!」
「そうよエリヴィラ!私がもらってるわよ!!」
「お前もだ馬鹿者っ!!」

魔物というのは私が考えていた以上に色恋に目がないのか。いや、今は私も魔物なのだから同じなのだろう。この二人と同じとは思いたくないが。

「ユウタ君…あの時は帰られてしまいましたが今度こそは、私と一緒に素敵な家庭を築きましょうね♪」
「眠ってる相手に何言ってるのよ」
「フィオナは黙っていてください。貴方よりも私のほうが先に知り合ったんですからね」
「別に知り合う順番なんか関係ないでしょ!それに、ユウタはもう私の魅了でメロメロよ」
「…その割にはユウタ君からも貴方からも何も香ってきませんが?」
「むっ!」
「ユウタ君に貴方如きの魅了が効くのなら既に私だって魅惑魔法ぐらい使ってますよ」
「如きって何よ!お母様の血を継いでるんだから如きなんて言わせないわ!」
「なら勝負してみますか?魅了が効かないなら別の手段なんていくらでもあるのですから」
「リリムが男を魅了することで負けると思ってるの!?」
「料理も家事もできない女性らしさのない貴方に男性の心は落とせませんよ。きっとユウタ君もそういう女性が好みに決まってます!!」
「お前たち………っ!!」

目の前で繰り広げられる女の戦い。それが知らぬ男なら私も止めたりしないだろう。
だが今行われている戦いの真っ只中にいるのは私のものであるユウタ
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