「…いいでしょう。その意気込みだけは評価してあげます。だが」
服についていたステンドグラスの破片を払い落とすとこちらを見据える聖職者。その視線の先にいるのは私たちであり、一人の男の姿。この国では見られない黒髪黒目の、闇色を纏った存在。
「貴方は特に、罪深い……神に選ばれていながら魔物の方へと寝返るとは愚かにも程がある」
「…」
「貴方たち三人、この場で滅して差し上げます。リリムだろうがドラゴンだろうが、別世界の者だろうが、貴方たち三人は罪深き存在。神は申しております。『存在することすら罪である』と」
「はっ」
ディオースの言葉にユウタは馬鹿にしたように鼻で笑って手を振った。やれやれと呆れた様子で視線を投げかけ面倒くさそうにため息をつく。
「神様は随分と勝手なことで…」
ユウタは両手を上げて首をかしげた。神など信じていない、なんともつまらぬことだと言わんばかりの態度だ。
その態度は聖職者には一番腹立たしいことだろう。現にディオースのこめかみには青筋が浮いている。
だがそんなこと気にせずにユウタは平然と言葉を続けていく。
「わかんないねぇ。人の気持ちを無視して結婚式を祝福するのが神様なのかよ?神様の祝福っていうのはもっと幸せ溢れるもんだと思ってたけど」
「神に祝福されること自体が幸せなのです。神の祝福こそ、我らディユシエロ王国における全ての者が望む幸せ。そしてこの婚姻はディユシエロ王国をより強くするための婚姻。どちらもこの国になくてはならぬものであり、神も望むものです」
「そこに気持ちがなくても?」
「感情など二の次でしょう?」
「勝手どころか最低だ」
「その神に逆らう貴方こそ最低というのです、愚か者よ」
「まぁ、そんな神様こっちから願い下げだけど…それ以前に」
私たちからは背中しか見えないがきっとユウタは睨みつけていたのだろう。闇色の黒い瞳で。
「レジーナが泣くほど嫌がった」
ユウタは拳を握り締めた。
固く、固く、何ものにも砕けぬ鋼の如く。
強く、強く、全てをも貫く鉾の如く。
そして言った。
「そんなやつ、許せるかよ」
その言葉に背筋がぞくりとした。
恐怖ではない、慄く心でもない。私のことを想ってくれるその感情に体は反応した。
胸の奥が切なくなり、下腹部に欲望を混ぜた熱が灯る。心臓が一際跳ね上がり、思わず口元が緩んでしまう。
「ふふん♪」
「…」
隣で羨ましそうにフィオナが見ているがそんなことは関係ない。
周りには骸の如く横たわる騎士達で埋め尽くされているがどうでもいい。
目前ではディオースへユウタが命懸けの戦いを挑んでいるがそれでも私は嬉しさを隠しきれなかった。
「神は申しております…『愚か者』と」
「それしか言えないのかよ?まったく、こりゃとんだ疫病神だ」
「愚か者の話す言葉など聞く耳はありません。迅速に私に、神に浄化されてください」
「じゃ、もう話すのはやめだ」
「いいでしょう」
ユウタは腰を落として足を開いた。それでいて前傾姿勢になり拳二つを腰に添える。それは私に見せたものとは違う構え。防御と回避に重点を置いたものではない、攻撃のためのもの。
「ぶん殴る」
「浄化して差し上げます」
その瞬間、二人はその場から飛び出し、激突し合う。女の入る余地のない激戦の火蓋は今切って落とされた。
二人の様子を私達は離れたところで眺める。拳が振るわれるさまを、十字架を向けられるさまを、聖水が飛び、身を翻し足で凪ぐその様子を見つめ続ける。
ただ、見ているだけ。
隣で飛び出そうとするフィオナを止めながら。
「何するのよっ!」
血のように真っ赤な魔性の瞳が向けられる。その中では怒りの感情を宿して。
「なんで助けにいかないの!?私たちも一緒になればあれぐらい」
「余裕で勝てる、か?」
「そうよ!」
押さえつけているフィオナの言葉に私はため息をついた。
「…お前は男が任せろと言った戦いに水を差すのか?今ユウタが戦っている理由はなんだかわかってるのか?」
「そんなの私達を守るため、でしょ?」
「正確には私達ではなく私だ。だが、戦いに出て行ってどうなる?ただでさえここは王国でも数少ない神聖な教会だ。魔物になった私であってもリリムのお前であってもこうしていること自体奇跡と言っていい」
私が騎士達を相手できたのも運が良かったといって言いだろう。この建物内で魔物が生存していることなど本来できないことだし、並の魔法使いの魔力すら退けられる。こんな場所だからこそ魔物が訪れることは絶対にないと断言できた場所なんだ。
ドラゴンの私。
リリムのフィオナ。
どちらも魔物の中で高位に位置する強大な存在。そのようなものだからこそ私達はこうして形をとどめていられると言っていい。
「現に私達は今弱ってる。目眩がするし、
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