「…こんなものか」
「お綺麗ですよ、レジーナ様」
この服を着せた女中の隣で私はくるりと見せつけるように回転した。姿見の中の私は一応笑みを浮かべながら純白のドレスを纏っている。
「流石はディユシエロ王国の王女様です。これならきっと教皇様も気に入ることでしょう」
「…ふん」
穢れのない真っ白な処女雪を仕立て上げたようなウエディングドレス。それは人生の晴れ舞台とも呼べる場で纏うことのできる、女ならば誰もが憧れる一着だ。私とて普段のドレスと違うこのドレスを着ることに憧れを抱いていたこともある。
ただ、望まぬ相手との結婚式で着ることになるとは皮肉なものだが。
「…」
私は鏡に映った私を眺める。
鏡の向こうの私は何を思っているだろう。硬い笑みを浮かべて耐えるように拳を握って取り繕うようにドレスを纏う私は何を考えているのだろう。
ジパングで見たユカタを纏った私は何を思っていたのだろう。全てを忘れ、敵国のような場所でもただ笑えてたあの時の私は何を考えていたのだろう。
あの時捨てた私は何を思っていたのだろう。
そんな風に考えると部屋のドアがノックされた。私が目線で指示すると女中がドアを開ける。
そこに立っていたのは特徴的な青い長髪を纏め整えた一人の勇者の姿だった。私を見ると普段見せないようなきっちりした姿で頭を恭しく下げてくる。
「ごきげんよう、レジーナ王女様。今日護衛を務めさせていただきますアイル=フォン=リヴァージュでございます」
「…なんだその言葉遣いは」
「いや、流石の俺様も礼節を重んじたほうがいいかと思ってさ。それにして似合ってるぜ、ウエディングドレス」
アイルは私を指差してそう言った。いつも女を口説くようなものではなく、どこか羨望を感じさせるため息とともに。
私たちの会話に邪魔をしないように気を遣ったのか女中は一礼してドアから出て行った。静かに閉められたドアへとアイルがもたれかかり、私の周りを見渡して怪訝そうに表情を変えた。
「にしてもここにもユウタ君いないんだな。姫様の護衛なのにドアの外にもいないし、どうしたってんだよ?」
「…ユウタはいない」
ここにはいないというか、挙式の一週間前から会っていない。一週間もあればそれは楽しい日々を過ごせたことだろう。またあの鍛練場でともに精を出すのも良かっただろうし、ユウタが隣にいるだけでもよかった。
本当は会いたくなかったわけじゃない、ただ、会ってしまうと揺らいでしまう。
今日という日に決めた、もう後戻りできない覚悟が。
揺らぎたくない、成し遂げなければならない覚悟が。
「ユウタは今日は非番にしてある」
「そりゃまた…せっかくのユウタ君に一番見せたい姿じゃねぇのそれ?」
「馬鹿者、こんな情けない姿見せられるか」
「…そだな」
結婚式でウエディング姿を見せるのが好いた相手ならばいいだろう。だが相手はあの男。望んだわけではないウエディング姿など見て欲しいわけない。
決めた男性以外の隣で見せるにはあまりにも辛すぎる。
「嫌なら姫様も責任ほっぽり出して逃げちまえばいいんじゃねぇの?俺様みたいにさ」
「ふふん」
私はアイルの言葉に鼻で嘲るように笑ってやった。
「逃げるなんて私には似合わんな。お前は今目の前にいる女を誰だと思っている?」
戦争を司り、軍務を支配し、この国を支えてきた私には最後まで逃走なんてことはあってはいけない。
それこそが私、レジーナ・ヴィルジニテ・ディユシエロなのだから。
だから。
「何があっても逃げることなどしない。逃げることは、な」
「……そっか」
椅子から立ち上がる際に手を差し出されるが押しのける。アイルはその行為ににやりと笑みを浮かべると私の正面へ移動する。そして自分の胸に手を当てて言った。
「お互い似た者同士だ、選んだ道を阻むようなマネしねぇぜ。例え姫様になにかあろうと俺様たちはやってってやるからよ」
「ふふん。そんなに意気込んでいては苦労するぞ?」
「姫様ほどでもねぇよ」
だがその言葉はありがたい。その一言が私の決断から迷いを消し、後ろを気にすることなく進んでいける。
私とこの人間だからこそ通じられるところがある。きっと立場が逆だったならば私も同じことをしたかもしれない。そう思えるほどこの人間と私は根本が似ているのだ。
「っと、それから一つお知らせ」
「なんだ?」
アイルは二人しかいない部屋の中だというのに何かを気にするように小声で耳元で囁いた。
「…式の護衛配置が変更された」
「何?」
その言葉に私は片眉釣り上げる。
「あの配置はちょいと甘いんじゃないかだとよ。それで勇者の配置は俺様のみ式場内で、ほかの三人は街とか城門とか教会周辺の護衛騎士たちの指揮を任されてる。その代わり式場内は騎士団長直々選出の精鋭と教皇様お
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