「―ふんっ!」
肩目掛けた横凪の一撃。風よりも早く刃よりも鋭いそれは相手を傷つけないための模擬剣であっても十分驚異となる威力を持ち、狙った場所を破壊せんと突き進む。
「―っ!」
だがどれほど早くも、どれだけ鋭くもその一撃は指先で押し上げられ軌道を無理やり変えられて相手の頭の上を空振っていく。
次いで反撃。
指を揃えたまま突き出される手刀。本物の剣のようにものを斬る鋭さはない攻撃だが音を切り空を裂かんばかりの一撃はまともに受ければ大怪我をするだろう。
「―!」
それをぎりぎり身を翻して躱す。殺気の込められていないその一撃はあたっても大した傷にはならないだろう。だが、この男が本気を出して打ち込んだなら大怪我は間違いない。
「ふふんっ♪」
やはりこれはいい。
何も考えることなく体を動かし本能の赴くままに剣を振るい、体を踊らすこの戦いがいい。
気にすることなどなにもない暴力的な感情のままに力を振るう、この激闘がいい。
目にも止まらぬ速さで剣を振るうと音すら残さない速さで手のひらが舞う。
肩への一撃を容易くいなし、首への斬撃を軽く弾き、体への攻撃を楽に躱す。
受けて避けて、そして反撃を繰り返す。
―剣を振るたびに私が王族だということを忘れていく。
―筋肉を躍動させるたびに私が王女だということを忘れていく。
―本能に従うたびに私が『女』だということを忘れていく。
あるのは野獣のように鋭い戦意。
いるのは戦士らしい熱い闘志。
存在するのは人間としての一つの欲求。
「流石だ、ユウタ!」
「それはどうもっ!」
激闘の最中でも時折会話を交えながら手と剣を交えていく。その様子は普段通り、私の護衛を務め鍛錬に付き合う姿だ。
それでもあの時のキスしたことを弄れば顔を赤くして視線を背ける。私自身も言うのは恥ずかしさはあるもののユウタの反応を見れれば気にすることではない。普段笑うか呆れるかの男なんだ、こんな反応を見れる機会は滅多にない。
ただ、こうして鍛錬中にはそんなことなかったかのように私の相手を務める。公私混同しないことはいいことだろうが、ちょっと面白みには欠ける。
「…」
試しにここで唇を奪ってやったら顔を真っ赤にするのだろうか、なんてくだらない考えが浮かんだその時だった。
かたんと、誰かが背後で足を踏み鳴らす音が聞こえた。
「―っ!」
「―!」
私達は互いに音がした方へと向き直る。私は手にした模擬剣を構え、ユウタは拳を構えたままで。
「…おっと、これは失礼」
本来私の許可が下りなければ私以外立ち入り禁止の場所であるのにもかかわらずその男は平然とした面持ちでこちらを見据えていた。そんなことをすれば不敬罪で首を飛ばすことにもなるのだが、そんなことこの男には関係ないだろう。
私はこの男を知っている。
なぜならこの男は今私が一番会いたくない人物であり、私の―
「―ここをどこだかわかっているのかこの無礼者がっ!」
私は射殺すような視線を向け、大声で怒鳴り散らした。
だが男は眉一つ動かさない。普通の者なら顔を真っ青にして頭を下げるというのにだ。それどころか自分の指先で唇を叩き、静かにと示して説教まで垂れる始末。
「そう声を荒げないでください、レジーナ姫。神の下にある国の王女としてみっともないですよ」
ディオース・ネフェッシュ
この国における修道女、僧侶、信仰者をまとめあげるたった一人の存在。勇者や聖女と同じ地位を獲得した教皇を生業とする男。
事実かどうかはわからないが、生まれつき神の声を聞くことのできる、この国で最も神に近い人間。神の声を聞き入れ、その意向のまま人々の信仰心を操る者。
「神は申しております」
ディオースは言葉を紡ぐこと自体に感動するような表情を浮かべながら薄青い瞳をこちらへ向けた。
「『人の上に立つ人よ、礼節と気品をわきまえよ』と」
まるで聖書の一句を唱えるように滑らかな口調で言葉を紡ぎ、こちらへと足を進めてくる。そして私に触れようとゆっくり手を伸ばし祝福するような笑みを浮かべる。
王女の前であってもここへ立ち入いることを禁じていてもこの男は気にすることない態度をとる。
それは自分が神の声を聞ける故の傲慢か、この国の教皇という地位故の驕慢か。
「ふん」
その手から逃れるように私は身を翻す。だがディオースは特に気にした様子もなく差し伸べた手を引いた。
「邪険にしなくとも良いではないですか、レジーナ姫」
「気安く触るな。一国の王女の珠の肌に傷でもついたらどうするつもりだ」
「何をおっしゃいますか。そのような態度をとらずとも―」
清廉で、汚れない純粋な笑みの裏に残忍で欲望に塗れた言葉を紡ぐ。神に選ばれた人間らしいとは思えない、穢らわしい感情を露わにして。
「―いずれ、貴方はわた」
言い
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