夕食後の接吻

教団の教えある国の中を、私たち王族が治める王国の城下町をまるでそこらの街と変わらぬ素振りで優雅に歩いてくる悪魔。周りの者は皆その姿に見蕩れて足を止め振り返る。いくらか抑えているらしいが完全に抑え込めてはいないようだ。
こんなところで出てくるとは思わなかった。こいつのことだ、また寝込みを襲いに来るだろうと踏んでいたがまさかこんな時間帯から人目をはばからずに堂々と歩いてくるとは…。
不幸中の幸いなのはこの女自身が正体を隠しているから魅了の力も押さえ込んでいるという事。そうでなければ民はみな心捕らわれることとなろう。そんなことになろうものなら国の全戦力とここで合間見えることになるが。

「随分と楽しそうにデートしてたみたいだけど楽しかった?」
「最悪だな。お前を見たせいで最悪の一日になった」
「もうっ、そんなこと言わないでよ」

殺気すら放つ私などおかまいなしにフィオナはにこにこ笑みを浮かべて隣に歩いてくる。
たどり着いたのはユウタの隣。私と反対側に来るように立ち止まった。

「…おい、何をしている?」
「何って私も混ぜてもらおうかなって思って」
「ユウタは私と共にいるんだ。お前なんぞ混ざる隙もあるわけないだろうが」
「何よ、自分のものみたいに言っちゃって。独占欲の強い女ね」
「消えろ。三秒数えてやる。そのうちに私の目の届かないところへ消えないと私が消す」
「もうっ、物騒なんだから」

ぷくぅと頬を膨らませる憎らしい存在。それは男性相手ならば可愛く映るのだろうが同性相手には腹立たしいだけだ。魔王の娘故の美貌では誰もが見蕩れる表情なのだが私にとっては殺意すら湧いてくる。
ちらりとユウタを見てみる。前回同様特に反応らしい反応はないが、逆に頭を抱えたそうな表情は浮かべていた。

「言っておくけど」

フィオナは私にわざと見せつけるようにユウタの手を取ると私と同じように腕を絡めた。それも腕だけではなく指先まで一方的に握り込む。

「約束は私が先だったもん」
「…………何?」
「…」

その言葉にフィオナを、次いでユウタを睨みつける。それはもう何もせずとも人を殺せるぐらい凄まじい視線で。それには流石のユウタも冷や汗を垂らした。

「ユウタ、どういうことだ?」
「…フィオナの言ったとおりだよ。今度休日に遊びに来るっていう約束をしたんだ。来る時間帯が夕食時になるだろうからそれもかねて食材を買いに来たってわけ。今日は予定があるっていったけど、その予定がこれだったんだよ」
「…なぜ?」
「色々と話を聞こうかと思って…」
「そんなもの私に聞けばいいだろうが。私以外にも話をしてくれる相手などお前にはたくさんいるはずだぞ?」
「なら聞きたいんだけどレジーナにとって魔物って何?」
「簡単だ。浄化すべき対象だろう?」
「ほら」

私の言葉にユウタは呆れたような表情でため息をついた。

「そういう答えしか返ってこないから直接聞こうと思ったんだよ」
「…」

別世界からの人間の扱いづらいところはこういった価値観を自分で作り上げていくところだろう。そうなる前に魔物は悪だと、消さなければいけない存在だと刷り込ませねば勇者には到底なれない。
ユウタの積極的な行動は賞賛すべきことなのだがその相手が魔物。それもリリム。その気軽さは正しく友人相手のそれと同じ。親しくなった相手との些細な一日を過ごそうと約束するのとなんら変わらない態度だった。

「…」

それ故頭が痛くなった。それどころか目眩すらする。
やはりこの男はダメかもしれない。いくらリリム相手の魅了を耐えられたとしても敵を敵と認識しない以上戦力にはなりえない。いくら優れた防具をつけていても剣を振るう意志がなければ相手は殺せないのと同じだ。
私はひとまずユウタよりもフィオナへと矛先を変えた。

「ふん。そんなもの認められるか。ユウタは私と共にいるんだ、お前のような輩が入る隙間など髪の毛一本もない」
「人の約束を無視してかっさらうような真似をするのがこの国の人なのかしら?」
「人?笑わせるな。お前は魔物だ、そんな相手の約束などあってたまるものか」
「言ってくれるわね、王国のお姫様」
「ふふん。お前もな、魔界の姫君」

互いから魔力が漏れ出し溢れかえる。それだけではなく冷たく背筋を震わせる剣呑な雰囲気も漂う。ここは王国の栄えある城下町だというのにその空間だけは戦場の真っ只中と同じだった。

「…はぁ」

その真ん中にいたユウタはため息をつく。お前のせいでこうなっているというのにその態度はいったいなんだ。
私の殺意を込めた眼光とリリムの無言の圧力の間でもユウタは物怖じすることなく、普段のような気軽さと気安さと、どことなく疲れたような表情で私を見つめた。

「レジーナ、喧嘩するにしても場所を選びなよ。ここは城下町なんだよ?」

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