「…」
私は無言で王宮内のある部屋へと足を進めていた。硬い床の感触を確かめながら一歩一歩進むごとに不安な感情が募っていく。
本来なら王女自ら他者の元へと訪れることはまずない。用があるなら女中にでも連れてこさせればいいだけだ。
だがそんなことをしている暇さえ今は惜しい。それに他人からの報告よりも自分の目で確かめなければ信用できない。
「…ここだな」
普通の騎士達と比べると幾分か飾られた、だが私たち王族や勇者達と比べれば何とも単調なドアの前で私は足を止めた。ここが目的の場所。黒崎ユウタが住み込んでいる一室だ。
私は静かにドアをノックする。すると暫くしてがさごそと物音が聞こえてきた。
「はーい?どちら様ですか?」
一応礼節というものを考慮してか私と話している時と違う通った声が聞こえてくる。それを聞いてひとまず胸をなで下ろした。
いなくなったわけではないらしい。だがそれならどうして私の前に来なかったのか問いたださなければならない。最悪あのリリムにほだされたりしていないだろうか。
「どちら様ですか?」
がちゃりとかかっていた錠が外されドアが開かれる。そこから覗くのは真っ黒な闇色の瞳。ドアの前に立っていた私の姿を捉えるとユウタの目は点になった。
「おいユウタ。どうして今日―」
次の瞬間ドアが何事もなかったかのように閉められる。それどころか極力音をたてないように錠までかけられた。
「…ふふん」
上等だ。一国の王女を目の前にしてなんという不届き千万。これでは自分から首を飛ばしてくださいと言っているようなもの。それをわかっているのだろうか。
わかっているのなら―
「―何をされても文句は言えないな」
私は片手にもっていた模擬剣を握り締めた。
人を斬ることのできないように刃を潰した刀剣であるが力任せに降ればこの程度のドアを破ることなど容易い。
とりあえず猶予は…三秒でいいだろう。
「三」
模擬剣をドアへ向かって突き出すように構える。
「二」
体勢を低くし、呼吸を整え最速の一撃を放てるように集中力を高めていく。
「一」
「待って待って!何する気!?」
寸前のところでドアを開け放って出てくるユウタ。だが既に私は止まる気はなかった。
「零」
「ふぉっ!?」
打ち抜くつもりで突きだした模擬剣を体を後方へと倒すことで避けられる。この程度当たるとは思わなかったが随分と奇妙な避け方をするものだ。
「…何の用なのさ?」
足と手だけで起用に体を支えたブリッジの姿勢のままユウタは気だるそうに聞いてきた。
今更何を聞いているんだとその姿勢のまま体を踏みつけてやろうかとすら思う。だがこの程度、寛容な精神で受け入れなければ王族は勤まらない。
「…ユウタ。お前今日どうして私の護衛に来なかった?」
「え?」
「お前の仕事はなんだ?私は一ヶ月前にお前を何に任命したのか忘れたのか?」
昨日一昨日、それどころかこの一ヶ月は常に私の傍で護衛をしていたこの男。それが今日いきなり姿を見せることなく何があったのか事情もなし。あるならあるで女中やらに口伝してもらえばいいはずなのにだ。
せっかく仕事も少量だったから一日中鍛練場で付き合ってやろうと、この一国の王女と共にいられる至福の時間を与えてやろうという厚意を無下にするとは失礼極まりない。
ブリッジの姿勢から勢いだけで体を起こすとユウタは部屋の奥からある一枚の紙を持って来た。
「これ見てよ」
数字が並んだ一枚の紙。その中で一つだけ目立つように赤で丸つけられた数字。それはちょうど私がユウタを護衛に任命して一ヶ月が経つ、つまり今日だった。
ちょうど一ヶ月。もう一ヶ月も私はこの男と共にいるというわけだ。
だがユウタは不機嫌そうな表情で呆れたように言葉を紡ぐ。
「今日オレは休日だって言ったのはどこの誰?」
「…むぅ」
護衛といっても当然仕事なのだから休みの一日二日は普通にある。というか普通の護衛役なら一週間、長くて二週間に一日はあるのが当然だ。それは休日の時に別の誰かが入れるように順を定められているからでもある。
だが今私の護衛として仕えているのはユウタ一人だけ。ローテーションで代われる相手は当然いない。それゆえ休みがなくなってしまうのは仕方のないことだった。
だが、それ以上にユウタがリリムと出会ってしまってからというもの不安でたまらない。いつの日か私の護衛についていた騎士達のように連れ去られてしまうのじゃないかと気が気じゃなかった。
できることなら目の届く範囲にいてなければ落ち着かない。
傍にいないと耐えられない。
気づけばまた、いなくなってしまうのではないかと危惧してしまう。
…随分と私は臆病になったものだ。
「…ユウタの身が心配なんだ」
「何で護衛対象が護衛の心配をするのさ。とにかく、今
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