憂さ晴らしの逢着

「…くそっ」

私は苦々しく吐き捨てるように呟いて王宮の廊下を歩いていた。かつかつとヒールの音を響かせながら行く宛てなく進み続ける。
『あんなこと』、わかってはいることだった。十分理解していた。いずれ来るだろうことは知っていた。
ふざけるなと怒鳴ってやりたかった。
あってたまるかと突きつけてやりたかった。
一国の王女としてどんなことでもまかり通るはずなのに、こればかりは私の意思は汲まれない。それも仕方ないと納得しているはずだった。

「くそ…っ」

一国の姫としてあってはならない言葉を再び吐き捨てる。
だが、収まらない。この程度では苛立ちなんてかき消せない。腹の奥で煮えたぎるこの感情。どうにかして発散できないものか。
そんな風に考えていると廊下の奥で一人の人間が目に入った。

「どうかな?可愛い可愛い子猫ちゃん♪」

歯の浮くような台詞を平然と吐いて目前の女性を口説く一人の人間。特徴的なのは深海のように真っ青な長髪だろうか。男と言うには体格はヤワそうだがその顔は整っていて十分に美という文字がつくほどのもの。
その人間は頬を朱に染めた女中の頬にそっと手を添えた。

「俺様と一緒に今夜、どう?」
「い、いけません…私には仕事がありますので…っ」
「つれないこと言わないでくれよ、子猫ちゃん♪俺様の瞳にはもう君しか映らないんだぜ?」
「だ、だめです…っ」

そうはいいつつもうっとりとした表情を浮かべる女中。女性であれば蕩けてしまうような甘く、だが私からしてみれば歯の浮くようなセリフを紡ぐ相手は優しく微笑むと添えた手で彼女の頬を撫でた。ただそれだけでも頬を朱に染めた女中は小さく言葉を紡ぐ。

「勇者、様ぁ…」

勇者。そう、女中の言うようにあの人間は勇者である。
この国でたった四人しかなれない頂点。一人一人が一軍以上の戦力を有することを条件に絶対的な地位を約束されるこの国の希望の光。民は慕い、王は信頼し、魔を滅することを使命とした存在だ。
その一角があの軟派者である。

「…」

一応王宮に仕える女中は一人でも欠けると仕事に支障をきたす。あのバカのナンパのせいで仕事が滞るのならこれは妥当な制裁となるだろう。王族として、そして人の上に立つものとして、正しき行いをするのが私の役目だ。
私は八つ当たり気味にナンパ者の背中を蹴り飛ばした。

「いだっ!?何しやがる!!」

背中を押さえてこちらを向いたそれは私の姿を見た途端表情を歪めた。

「げ、姫様…」
「なんだアイル。その言葉は」

アイル=フェン=リヴァージュ
それがこのナンパ者の名前であり、この国を背負う勇者である。
アイルはあからさまに苦々しい顔を浮かべ私の方へ向き直る。その隙に口説かれていた女中は私を見るなりはっとした表情を浮かべ、一礼してその場を駆け足で去っていった。

「あ、待ってよ子猫ちゃ〜んっ!……ったく、何してくれてんだよ姫様」

呼びかけにも答えず走り去っていった女中を残念そうに見送ると大きなため息とともに悪態をつく勇者。これでも一国を背負うほどの地位にいる者だというのだから頭が痛い。他の勇者も決して模範とはいえないが、少しは見習ってほしいものだ。

「真っ昼間から何をしているんだこのナンパ者」
「おっしゃったことそのまましてますぜ、姫様」
「お前は一応勇者だろう。それがあんな恥曝しのようなことばかりにかまけて…みっともないと思わないのか?」
「楽しいんだからよ、俺様やめらんねぇぜ。姫様だって戦うのが大好きだろ?つまりそういうことだ」
「それとこれとは話が別だ」
「同じだろ。姫様だって楽しんでやってるじゃん」

そう言ってアイルはにやりと笑みを浮かべた。何をするのかと思ったらするりと延びた手が私の頬に添えられ、指先が耳の下を撫でる。

「戦う楽しみしか知らないレジーナ姫、貴方様も口説かれる楽しみを知ってみませんか?」

その行動に、その言葉に、その手つきに、私は射殺すような視線でアイルを睨みつけた。

「くだらん。お前のような男らしくないナンパ者なぞに口説かれたところで楽しくはない」
「お〜怖」

ケラケラ品のない笑い声をあげて私の肌から手を離す。舌打ちをする私に向かってアイルは一言ぎりぎり聞こえる声で呟いた。

「ま、俺様も男らしい姫様を口説きたくはないんだけどねぇ」
「…」

私は無言で軟派者の腹を蹴り抜いた。床に倒れ伏した軟派者は蹴られた腹を押さえて悶えている。いい気味だ。

「ひ、ひどいぜ姫様ぁ」

それでも数十秒すれば何ともなかったかのようにけろりと喋るアイル。何とも鬱陶しい奴だ。まぁ、このぐらいの頑丈さがなければ勇者としてはやっていけないのだが。

「そんなにイライラしてちゃ俺様だって話しずらいんだって。口説きはしないけどお互い同じ歳同士、もっと仲良くしましょ
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