初めて見たときは闇が人の形をなしているのかと思った。それほどまでに彼の体は黒い色を纏っていた。
まるで夜の暗がりで染めたような髪の毛。影を切り裂き着込んだかのような服に夜空に浮かぶ星星のように取り付けられた黄金のボタン。黄色に近い珍しい肌の色で顔立ちもまたここらでは見られないもの。
黒髪と顔立ちから察するにそれはジパング人の特徴と一致する。ジパングから遠く離れたこの国にどうしてその特徴を持つ男性がいるのかはわからない。きっと旅人の類なのだろうが、それにしては周りに荷物は見当たらない。
なにより彼は不自然な格好でそこにいた。
明けることのない夜空へとそびえ立った十字架に磔にされたように彼は眠っていた。
だけど、その姿は処刑される罪人のように廃れたものではない。
無作法者が悪巫山戯でしたような安っぽさも欠片もない。
まるで切り取られた絵画のような、額縁の中に収まっていた情景のようなものだった。
そしてなにより彼のいる十字架は―
「―…」
常夜の中で館の庭に私は立っていた。目の前にあるのはあの十字架。そして、その前に置かれた花を眺めながら。
色とりどりの花が束ねられ置かれている。よく見れば瑞々しく、つい最近置かれたものらしい。
この十字架の前に花が置かれることはしばらくなかった。私が蘇ってからは全くなかった。この地で、この館で、そんなことをする者はいないはずなのに。
手にしてみると随分と綺麗に手入れされた花だと分かる。開ききった花びらに甘い香り、鮮やかな葉の色はこの花を育てた者の心がよく表れていた。
私は無言でその花を置くと十字架に刻まれた文字を撫でた。花を置いた者がこちらまで手入れをしてくれているのかかつて苔の生えていたそれは綺麗に磨かれている。随分と手が込んでいるというか、丁寧というか、こちらもその人物の性格がよく表れていた。
私は無言で立ち上がるとその場からゆっくりと離れていく。きっとこの花を添えてくれた人のところへと向かって足を進めた。
そこは様々な花が咲き乱れる庭園だった。私の館における最も華やかであるべきところ。生前専門の庭師が毎日手入れをしていたがその庭師は既にこの国を出ていってしまった。
だからだろう、ここしばらくこの庭園は見るも無残な有様だった。
だがそれが今では綺麗に整えられている。丁寧なことに中央部にある噴水まで掃除したのか透き通った水が絶え間なく湧き出している。
そんな中をゆっくり歩いていくとがさがさと音がした。耳を澄ませて聞いてみれば薔薇の花が沢山咲いている目の前からする。
そこにいるのは誰なのだろう。警備のデュラハンか、メイドであるゴーストやナイトメアか、それとも地下で研究を続けるリッチかその助手のスケルトンか、はたまたよく迷い込んでくるゾンビか料理長のグールだろうか。
上げればキリがないがきっとどれも違っているだろう。その証拠に薔薇の香りに混じって下腹部に熱を灯す精の匂いが漂っているのだから。
私は向こう側にいるだろう人物の名を呼んだ。
「ユウタ?」
「はい?」
その声に反応して薔薇の先狂う生垣の中からにゅっと顔が突き出した。棘だらけのバラの中からよくもまぁそんなことができたものだと感心する。
「どしたのムエルタ」
シャンっと手に握っていた芽切鋏を一度鳴らし、ゆっくりとした足取りで私へ近づいてくるユウタ。その格好は初めて見た時からなんら変わらない常夜の中に溶け込みそうな姿だった。
それでも顔には暖かな微笑みを浮かべている。よほど集中していたのか髪の毛に葉がくっついているのに気づいていない。その表情が愛らしくて、その姿がおかしくて、私は思わず吹き出してしまった。
「うふふっ♪頭に葉っぱついたままですよ?」
「えっ?」
「ほら、ここ」
癖のある髪の毛を撫でるように触れながら一枚の葉を摘んだ。瑞々しい緑色の葉。それは紛れもない十字架の前に置かれていた花がつけていたものと同じ色だった。
それを見せつけると彼はあーと唸って恥ずかしそうにこめかみを指で掻いた。
彼は私の屋敷にいる唯一の…いや、この国にいる唯一の生者であり、私の傍にいる中でたった一人の男性だ。
あの日、十字架に張り付いていた時から私の屋敷に住まうことになった黒崎ユウタという男性。今はこの屋敷で唯一埋まらなかった役職である執事をやっている。といっても執事らしい仕事があまりないから空き時間を利用してよくここにきているらしいのだけど。
「それにしてもここも随分と綺麗になったものですね」
「そう?」
「ええ」
ユウタが来る前は屋敷のものは誰もここに手がつけられなかった。というのも皆長年生きてきた(アンデッドを生きているというのもなんだか変だが)割には誰も花に対する知識を持っていなかった。持っていた庭師も今はいないし、せい
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