おずおずと部屋の中へと進む私。
私の姿に驚愕を隠せない黒崎ユウタ。
黒崎ユウタの膝の上でくつろぐバフォメット。
何も言わず、何も言えず、静かな空間内で一番に口を開いたのは彼の上に座るバフォメットだった。
「ほっほ〜ぅ」
ニヤニヤと憎たらしくなるぐらいにいやらしい笑みを浮かべて私の体を舐めまわすように見つめてくる。頭からつま先まで、特に注目するのは人間にはない部分。広げられた翼とゆらゆら揺れる尻尾だ。
「そうかそうか、決心したのかのう」
とても楽しそうに、それでいて嬉しそうにそう言った。
きっと同じ魔物仲間が増えたと思って喜んでいるのだろう。魔王の目的は人類を魔物に変えること。この世から人間という存在を消し去ることのはずだ。それならばその幹部を務めるバフォメットにとってこれ以上に喜ばしいことはないだろう。
神様に操を捧げ、純潔を守り、人生の全てをかけて誓った信仰心を捨てて魔物へと身を堕とす。
結局のところ私は彼女の思惑通りに動いていたんだ。
なんと愚かしいことか。
なんと嘆かわしいことか。
だが……後悔はしない。
未だ固まっている黒崎ユウタの上でバフォメットは何かを思いついたようにぽんと手を叩いた。
「そうじゃ、今日の午後はエリヴィラを待たせておるんじゃった」
ぴょんっと彼の膝上から飛び降りたバフォメットはにぃっと笑みを向けて手をあげる。
「すまんのうユウタ。わしは帰らせてもらうぞ」
「あ…ああ」
ようやく視線がバフォメットに移り黒崎ユウタは反応を示した。小さく頷いて彼も手をあげる。それを見たバフォメットはスタスタ歩いて私の脇を通り抜けて行ってしまった。
ただ一瞬。
彼には見えないように、私だけ見えるように笑みを浮かべて。
『頑張るのじゃぞ』
なんて声が聞こえてきた気がした。
なんとも白々しい。あんなものは演技だと自分から言っているようなものだった。
だけど、気を使われたことぐらいわかってる。それから彼女が出て行ったのが私のためだということも。彼と二人きりにさせたことが私に対する後押しだということも。
私は彼女の手助けを素直に受け取ることにし、驚愕の表情が残る彼に向き直った。
「…えっと、ヴィエラ、さん?」
名前の呼び方が余所余所しくなっていた。それどころか声色や態度までがまるで初対面の相手にするようなものになっていた。姿かたちが変わったくらいでそこまで態度を変えなくてもいいというのに。
「どうしたのですか、急にさん付けなんて」
「いや、えっと……その格好は?」
私は彼の前の椅子を無視してベッドに腰掛けた。その行動に何をしているのかわからないらしい黒崎ユウタはその場でただ視線を送ってくるだけだ。
「こちらへ…来てください」
ぽんとベッドを軽く叩いて私の隣へ誘導する。
今までこのベッドでは二人で並んで毎日眠ってきたがお互いのことを考えて端と端で眠ってきた。それ故隙間のないぐらいに近くまで寄ることは今までになかった。私が魔物化で苦しんでいた時は仕方がなかったとは言え人間だった頃なら自ら誘うことなどあり得なかった。
だからだろう、黒崎ユウタは戸惑いの表情を浮かべているのは。
「えっと…こっちじゃなくて?」
とんとんと指先でテーブルを叩くが私は首を振る。そして再びベッドの上をぽんぽんと叩いた。
「っと…」
「こちらへ来てください」
「…」
私の一言に仕方ないと小さく呟きながらゆっくり腰を上げてこちらへ歩み寄ってくる。心なしか足の動きも普段以上に遅い。
そこまでして今の私に近寄りたくないということだろうか…いや、いつも彼は私に対して距離を置いていた。それは気を使っていてくれたからこそのはず。だから今もきっとそうだと不安な感情をなんとか打ち消す。
「じゃ…失礼して」
遠慮がちに私の隣に座り込む黒崎ユウタ。彼の体重分だけベッドは沈み込み、柔らかく私たちの体を受け止める。
「…ぁっ」
隣に来ることでふわりと香る彼の匂い。熱で朦朧とした意識では感じ取れなかった一つの感覚が彼の存在を捕える。
途端、下腹部が疼いた。何かが湧き上がるような感覚にどうすればいいのかわからず内股をこすり合わせる。
「…ん?大丈夫?」
「え、ええ…平気です」
そうはいうものの隣に彼が来たことで私の体はしっかりと反応していた。
心臓の鼓動が早まり、体が熱くなる。手のひらは汗ばんで呼吸も徐々に荒くなってくる。
それに先程から尻尾が揺れ動いて止まらない。今までなかった部分だから自由自在に操れないので戸惑ってしまう。
私は出来る限り平静を装って言葉を紡いだ。
「おかしいと、思いますか…?」
「…」
私の言葉に彼は反応を示さない。いや、どんな反応をすればいいのかわからないのだろう。
あれだけさんざん嫌っていた存在に自ら堕ちた
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