修道女の朝は普通の人と比べて早い。というのも修道女として日々神様へ感謝と祈りを捧げるためだ。
それは魔界にいようとも変わらない。日が昇るよりも早く起きた私は既にベッドから抜け修道服を着込んでいた。
窓の外から日の光は入ってこない。まだ登っていないのだから当然なのだが魔界の黒い空では真昼でも明るくはならないだろう。
ふと、ベッドの端へと視線を向けた。シーツが盛り上がっているそこには未だに眠る男性の姿。いつも着込んだ真っ黒な服ではない薄く着心地の良さそうな寝巻きを纏った黒崎ユウタは安らかな寝息を立てている。
結局昨日はお互いベッドで寝ることを拒否し、譲り合った結果二人で寝るということになってしまった。ベッドで眠ってくださいと言っても頑なに拒否する姿は私と眠ることが嫌というわけではなさそうでただ単に気を遣われているというだけ。ただそれだけらしい。
だが、悪いものではない。慎ましく気の回る性格からして護衛としては適しているだろう…信仰心のないところや魔物を拒絶できないところは問題だが。
「…」
手を伸ばせば届く距離にいる彼。ベッドの端で近づくことないように縮こまって眠る姿はどうしてか儚く見えてしまう。もしもこの手が触れれば砕け散ってしまうガラスのように。
…おかしな話だ。男性相手に儚いと思うなんて。
「ふふ…っ」
小さく笑った私はそっと彼の髪の毛を撫でた。寝返りをうったからか乱れに乱れた黒髪は思った以上に柔らかく、触り心地のいいものだった。まだ眠っているのだから意味ないかもしれないが乱れが部分を整えてあげる。
それが終わったら窓際に移動する。そこで首にかけていた十字架を立てかけ、膝をついた。両手を組んで瞼を閉じる。
ただ一心に祈るのは神様のこと。
ただ一念に願うのは試練のこと。
ただ一途に想うのは私たちのこと。
「神よ、我らをお救いください…」
私はそう言って十字架に祈りの言葉を唱えた。
朝の祈りを終え、黒崎ユウタも起きて身なりを整え、ともに朝食を終えたその後。私と彼は部屋のテーブルに向かい合って座っていた。
「それで、今日は一体何するの?」
「祈るのです」
「…え?一日中?」
「ええ、そうですよ」
これは試練。この魔界で自身の信仰心が保てるかどうかという試練。魔物にならず、汚れることなく純潔に保てるかという試練。だからそれ以外に何をするというのだろうか。
当然のようにそう言うと黒崎ユウタは疲れたようにため息をついた。
「…食事は?食材の調達は?」
「今朝食べたでしょう?あれが三食一ヶ月分貴方と私のバッグに入ってます」
「あんなバランス栄養食のバーみたいなもので一ヶ月も!?」
「当たり前です。ここは魔界、何があるかわからないものを口にするよりかずっとマシでしょう?」
聞けば一口食べただけで堕落してしまう果実があるとか、魔物になってしまう果物とか、食べれば死んでしまう毒キノコとかそのようなものが沢山あるらしい。現物は見たことがないのでわからないが魔界なのだからあって当然だろう。
それに何より修道女には節制が当然。暴食など許されるはずもない。
「食べることに執着すると堕落してしまいます。むしろ私たちにはあれだけの食事でも恵まれているのです」
「あれで、ねぇ…」
呆れたようにため息をつく黒崎ユウタ。正直言って失礼極まりない行為だが今まで騎士団や勇者と共にさんざん体を動かし鍛錬していた彼にとってはきついものがあるのだろう。
だからといって甘やかすつもりはない。それにここでは身の危険が迫っている。
普通の街だったらよかったがここは魔界。下の食堂で出されている料理も同じように汚染されたもので普通の人間が食べただけでも堕落していまうだろう。身を守るためにも出来る限りここの食事は控えなければいけない。
そんな風に考えている私を他所に黒崎ユウタは自分の財布の中身を確認していた。
「十、二十、三十、よし」
チャリンチャリンと硬貨の音がしたと思ったら彼は座っていた椅子から立ち上がった。そのまま身なりを整えてバッグを手にとる。
「ちょっと買い出し行ってくる」
まるでそこらへんを歩いてくるというような気軽な一言に私は椅子から転げ落ちそうになってしまった。
「な、何を言っているんですか!!貴方は金輪際この部屋から出るなと言ったのを忘れたのですか!?」
「そんなこと言ってもね、あんな食事ばっかしてちゃ体を壊すって言うんだよ。いくらなんでもあんな食事だけで一ヶ月は無理だって」
「だからって魔界のものを食べるわけにはいきません!貴方はわかってないでしょうがここの食材はどれも人体にとって毒なんですよ!?」
「どれもって…これだけ大きな街なら普通の人参やじゃがいもだってあるでしょ。昨日この宿に来る前に見た市場みたいなとこでもピー
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