「いいですか?今から私と貴方はあの街へと向かうわけです」
私は草原の真っ只中、一人の男性の前で丘の向こう側を指差した。空は周りの青空と違ってどす黒い雲が漂って日光を遮る薄暗い街。年数が経っているのか古ぼけている建物が立ち並ぶがそれでも、そこに住まう者たちの喧騒が聞こえてきそうな活気のある街だった。
ただ、あれは普通の街ではない。
「街だからといって油断しないでください。空が不自然に黒くなっていることからわかるようにあの街は『魔界』です」
魔物の住まう場所、魔界。
主神様の教えから外れた汚れた存在。人間の平穏を脅かし、破滅へと導く堕落したもの。そのような者が住まう街へ私と彼は向かわなければならなかった。
「貴方は私の護衛ということになっていますが、外界から来た貴方にとって魔界というのがどれほど恐ろしいのかわからないでしょう。ですから言っておきます」
くるりと身を翻し、護衛約である相手を私は見据えました。
年齢的には私よりも二つ三つ下で、同じぐらいの身長で見たことのない服を着こんだ一人の人間。まるで影を切り裂いて身にまとったかのような黒一色の服にはきらりと輝く黄金のボタンがついていた。黄色の肌に私たちとは違う見慣れない顔の作り。それから月のない夜のような黒い髪の毛。
そしてなにより目を引いたのはその瞳。闇をはめ込んだかのような、真っ黒な瞳。見つめるとそれだけで吸い込まれそうになる、不思議な瞳だった。
その瞳に私が映る。真っ暗な闇の中に私の姿が浮き上がった。
「貴方は全力で私を守ってください。代わりに私も貴方を全力でお守りします」
「…わかった」
黒崎ユウタ。私の国が異界から招いた、勇者になるべく素質を持った一人の人間だ。
いまいち要領を得ないといった顔ながらも彼は小さく頷いた。
「でも守るって言われても何から守ればいいのさ?」
「全てです。あの街に存在する異形の者全てから」
私はそう言って足を進める。すると黒崎ユウタは足早に私の隣に追いついて歩幅を合わせて歩き始めた。
「よくわからないんだけど、なんだってそんな危なそうなところに行かなきゃいけないのさ?」
「それが試練だからです」
「試練?」
「ええ、神が私にお与えになる、厳しく辛く、それでも乗り越えなければならない試練なのです」
神という言葉に黒崎ユウタは一瞬嫌そうに顔を歪めた。だがほんの一瞬、見間違いかと思うほど僅かなものだった。
怪訝そうな表情で頭を掻きながら悩むように声を上げるパートナー。これから先私の全てを預ける相手なのだが正直なところ不安だった。
実力はあると聞いている。国が誇る精鋭揃いの騎士団に所属させても十分な戦力になるというし、ある勇者からは太鼓判を押されるほど。最もその勇者は彼と同じ世界から来たらしく、見ていて鬱陶しいほどベタベタしていることから色眼鏡で見ていたのかもしれない。
ただ、魔界では実力のみで切り抜けられる場所ではない。例え百人の兵を相手することができてもその力が通用するわけじゃない。その証拠に国の騎士団の部隊一つが魔界遠征に出向き、そのまま帰ることなく消失した。
黒崎ユウタはどうだろうか。強くとも魔界で切り抜けられる力があるだろうか?確証もなく護衛として付けるにしてはいささか愚かな判断だったのではないかと疑ってしまうのも無理ないだろう。
ため息の一つでもつきたくなりながら私たちは歩き続けた。
気づけば既に魔界前。後一歩で入れる一に私たちはいた。
何をせずとも感じ取れる禍々しさ。瞳に映るのは燃え上がる炎のように揺らめく魔力の塊。
私たちは今からこの中へと進まなければならない。
「…っ」
足がすくむ。冷汗が垂れる。だけども私はあの中へと進んで行かなければならない。
どれほど辛いことがあろうとそれが神がお与えになった試練。甘んじて受け入れるべきなんだ。
「行きますよ?」
無言で頷く彼を見て私は先導するように魔界へと踏み出した。
「…っ!」
たった一歩踏み出しただけでもわかるほど嫌な空気。山や川といった自然の中のある純な空気にはない、何かねっとりとしたものを感じ取れる。肌に絡みつくようなそれはわずかに気を抜いただけでも染み込んできそうなほど濃密だった。
「黒崎、ユウタ…貴方は大丈夫ですか…?」
呼吸さえ堕落へと繋がる魔界の空気の中、全くの知識のない隣の男性へと話しかける。
何がまずいのかすらわからない彼にとってこの状況ではわずか数時間ででも汚染されてしまいかねない。一度染まったら二度と戻れない堕落の道。それを関わりが深くないとはいえ、今回のパートナーである黒崎ユウタを堕とさせるわけにはいかない。
心配と不安の中見ると彼はこちらを見て一言。
「…?えっと、まぁ、大丈夫だけど」
けろりとした様子で答える男性を見
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