雨の日は嫌いだ。
空を飛ぶための翼は濡れ、羽は水を吸い、体は重くなり、思うように羽ばたくことができなくなる。それ以上に整えた翼が乱れてしまうことが嫌だ。
冷たい雫が頬に、首に、胸に、体全体に降り注ぐ中アタシはただ翼を広げて空を飛んでいた。雨水が染み込んだ羽は重くいつものように軽やかに飛ぶことができない。
それでも、時折空を輝かせる雷は好きだ。
暗い空を一瞬だが照らし、轟く光。その音と閃光は誰もが空を見上げずにいられない。
それはアタシと同じだから。
サンダーバード。
雷を身に纏い、空を飛ぶハーピーの一種。放電しては痺れるような快楽を与える。それがアタシだった。
「う〜…」
それでも雨は容赦なく降り注ぐ。唸ったところで雨水を防ぐものは何も持っていない。傘の一つでもあればマシだったかも、いや、そもそも飛んでいる最中に傘なんてさせないや。
羽から雫を飛び散らせながらもようやくアタシは目的地についた。
両翼を振るうと染み込んでいた雨水が地面を叩いた。じっとりと濡れてしまった翼は一人で乾かすには大変そうだ。
とりあえず水気を払ってアタシはつま先でドアをノックする。するとしばらくしてゆっくりドアが開いた。
「お帰り、エクレール」
「ただいま」
呆れたような声で出迎えてくれたのは一人のジパング人だった。
ジパング人特有の、この辺りではめったに見られない黒髪姿。纏っているのは見たこともない生地でできていて、だけどもそれがかなり上質なものだということは予想できるほどの服。そしてなにより目を引いたのは闇のように深く、黒い瞳。そこには見つめているだけでも吸い込まれそうな不思議な魅力があった。
黒崎ユウタ。
アタシが攫ってきた男性だ。
そしてここはアタシと彼の家。とは言っても誰も住んでいなかった廃屋を掃除し、住めるようにしたようなところだけど。
「随分とまぁ、濡れ鼠になって」
呆れたようにため息をつきながらも薄く笑みをうかべた彼はそっとアタシの頭にタオルをかぶせた。
「わっ」
「とりあえずシャワーいけよ。飯作っとくから」
ごしごしとアタシの頭をタオルで拭う。力強いのだけど柔らかな手つきでどこか心地よい。
アタシは頷いて脱衣所に駆けていった。
冷えた体を温めて出てくると空腹を刺激するいい香りが鼻腔をくすぐった。香りのする方を見ると先程とは違う、真っ白な服と黒いエプロンをまとったユウタが鍋の中身をかき混ぜていた。
「よし、できた」
お玉を鍋から引き上げ、エプロンを外し畳んでこちらを見るユウタ。アタシの姿を捉えた途端先程見せた呆れ顔になった。
「…なんつー乾かし方してんだよ」
「仕方ないじゃん。乾かすの難しいんだし」
ユウタの言葉にアタシは自分の翼を羽ばたかせた。既に水気はないものの乱雑に乾かしてきたからかぐしゃぐしゃになっている。頭も同様だった。
ユウタははぁっと疲れたようにため息をついてエプロンを置くと傍に置いてあったらしいブラシと櫛を手にとった。ぽんぽんと椅子の背を叩いてこっちを見る。座れと言いたいらしい。
アタシは小走りで駆けていき、椅子の上に座る。するとユウタの手が翼を持ち上げた。
「…綺麗な羽なんだからもっと丁寧に扱えよ」
呆れたようにユウタはそう言ったがそれでもアタシは嬉しかった。
綺麗な羽。
アタシの体で一番自慢できる部分を褒められることは嬉しい。雷の力を使えることよりも、空を飛べることよりも、呆れられても真っすぐに褒めてくれるその言葉が嬉しい。
思わず小さく電撃が弾けた。
一瞬ユウタの動きが止まるが電撃が収まると何事もなかったかのように手を伸ばしてくる。右の翼を包むように手に取るとテーブルに置いてあるブラシをとった。
「じっとしてろよ?」
ユウタの声にアタシは体重を椅子の背に預け、体から力を抜いた。それを確認した彼は頷き、ブラシをアタシの羽にブラシをかける。
「ん、ん…」
ゆっくりと柔らかな手つき。傷つけないように注意してくれる優しい気遣い。口ではなんだかんだ言ってもアタシを想ってくれるその心。くすぐったい感覚と気遣ってくれる優しさに嬉しくなる。
再び、体から漏電するほどに。
「おっと」
パチリっと青い火花が散る寸前ユウタはアタシから手を離した。
いきなり体温と心地よい感覚が消え去ったことによりアタシは後ろにいる彼を睨みつける。
「ちょっと、止めないでよ」
「危ないんだよ、エクレールは。パチパチやられたら感電しかねないんだぞ?」
「仕方ないじゃん、気持ちいいと出ちゃうんだから」
「…厄介だな、それ」
「別にいいでしょ?別に感電しても死ぬわけじゃないんだし」
その言葉にユウタは怪訝そうに眉をひそめた。そのまま小さくため息をついて羽へのブラッシングを再開する。
感電を避けるために離れたとは
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